2012年2月11日土曜日

お伊勢さんと神宮大麻の歴史

以前、神棚の真ん中には「神宮大麻」、伊勢神宮のお札をお祀りすることに
なってるって話しましたけれども。

たまたま読んでた小説で、あれ?という部分を見つけました。
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司馬遼太郎の『箱根の坂』って、北条早雲の話なんですけれども。
途中にたまたま伊勢神宮と神宮大麻、御師についてかなり詳しく書いてある
くだりがあったのです。ちょっと一部抜書きしてみますと


『伊勢には、神宮がある。天皇家のみの祭神で、天皇以外の―たとえ皇太子であってもー幣は受けぬという風変わりな神宮で、平安期まではそのようにして神宮はやってきたが、鎌倉に幕府ができて以来武家の世になり、神宮の領地(御厨 みくりや) は武士どもに押領され、くだって室町の世ともなればそのこといよいよ甚だしく、経済が立ちゆかぬようになっている。そこで、
「御師 おし」
という、いわば神宮の神徳を民間に販売する者が出てきて、その数も伊勢山田では百数十軒もでき、諸国に大麻(神符)を売ったり、諸方の守護・地頭さらには地下の百姓からの神宮への田地の寄進をとりつぐなどして繁昌し、神宮のほうもこのおかげで台所がうるおうようになった。』


『 「御師」
という古い日本語は、元来が祈祷師という意味である。
それらは伊勢神宮の内部の正規の神官でありながら、神宮の外縁にあってひとびとに祈禱をして衣食してきたが、世がくだって神宮そのものが御師の組織にたよるようになった。
神宮や神官は権威であり、御師という非合法的存在は卑しい。しかし、現実の社会に根ざして実力を持っている。この関係は、天皇、公家、将軍が権威でありつつも、財力や武力をもたず、諸国のかん守護がそれを持ち、こんにちの世となれば守護も権威になって、無位無官の大百姓―国人・地侍が力を得てきているという関係に酷似している。
御師は、ありていにいえば伊勢神宮周辺の旅館のおやじのことなのである。諸国から神宮に参詣するものが、御師の家に泊まる。
そもそも、一般の者がその存在すら知らなかった伊勢神宮というものを、諸国に宣伝し、国々から参詣者をひっぱってくるようになったのは、御師たちの力であった。』

これは、早雲の家来になるイケメンにーちゃんが、その御師の手代の子だよ、ってそれだけのために書かれた歴史背景の説明だったんですけどね、この前後にも色々と興味深いことが書かれています。

へえええ(@@;)。なんか、神宮大麻とかお伊勢参り、というものへのイメージがすっかりかわりましたよ。
なんだ、それじゃあんまりありがたくないじゃん、って思ったのではないのです。
上から一方的に押し付けられたようなものではなく、大衆の力でここまでになった、
という形での歴史があったのか、と意外だったのですね。
★   ★   ★
伊勢神宮のサイトだとこのあたりはごくシンプルな説明しかないですね。


『お神札は古くから伊勢の御師(おんし)によって配布されてきましたが、明治天皇の思召(おぼしめし)により、国民が朝夕神宮を敬拝するために神宮から全国各地に お頒ちすることになりました』
★   ★   ★
明治期にまた配布の形が変わったってことですね。これについてもうちょっと調べてみると。
明治時代以降、神宮に関する制度が一新され
従来の御師による大麻頒布に代わり
神宮司庁《じんぐうしちょう=伊勢の神宮の祭儀に関することをはじめ、社務の一切を
執りおこなう機関。  
明治四年(1871)におこなわれた神宮制度・組織の改革により創設された》が
大麻の奉製・頒布をおこなうこととなりました。
えーと、これはどこの文章のコピペでしょうかね。同じ文面を複数見かけたので、どこかが元になってると思うのですが、すいません、根気がないんで追求してませんが、まあ、江戸から明治になるときにでっかい改革があったということですね。
★   ★   ★
以前江戸までと明治からの東京都心の主要神社の布陣による
結界の貼り方が違うって話をどっかで読みましたが。風水、東京、結界、神社、なんかで検索すればその手の話は見つかると思いますんでリンクはしませんけれども、明治維新ってのは霊的にも根本のところから大きく変革があった時代なんだな、ってことを改めて思い出しました。

まあ・・・結界布陣とかはトンでも系の扱いされてる話ではありますが、日本の歴史上の為政者に、古代・中世・戦国の時代にも、いかに見えない世界が大事にされていたのかを考えると、まあすんなり納得の話です。
★   ★   ★
明治~第二次大戦までは、神道の元に国家を統一する、という目的で、神道は「国家神道」とされてそれまでの神道から大きく一度変えられたわけですが。そしてまた第二次大戦後にGHQの命令によって、大きな改革をさせられたのですね。
神道指令
『神道指令(しんとうしれい)とは、1945年(昭和20年)12月15日に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が政府に対して発した覚書「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(SCAPIN-448)の通称である。
覚書は信教の自由の確立と軍国主義の排除、国家神道を廃止し政教分離を果たすために出されたものである。 当初は政教完全分離を目指していたが、1949年(昭和24年)を境に適用条件が大幅に緩和された。』
やー、こんな「教科書的な歴史」もよく知らなかったです。
★   ★   ★
このあたりについてさらに深くつっこんで書いてる文章をネットで拾ってみました。そりゃ学校でも表層的な意味としては習うことですからぼんやりと理解はしてたつもりですが、改めて読むと教科書で読んでいた頃は本当の意味では解ってなかったなあ、と興味深いです。
http://www.geocities.jp/shougen60/kokkasinto.html
★   ★   ★
ネットめぐってみると、トンでも系の話としては神宮大麻の大麻は実はあの大麻だよ、って説を主張してる人もいて、ええええ(@@;)ってびっくりだったり。ま、ホンとかどうかは知りませんが世界各地で宗教儀式にいろんな幻覚作用のある植物は使われてきましたから荒唐無稽な話とは言えんですし。

また様々な神道の改革は政治的意図によって行われて来たものだから、各地方の土着信仰や古代神道を見直してそこに立ち戻るべきって、主張があったり。歴も昔と変更されてしまったことで儀式なども形骸化していることを危惧する人がいたり。

時代が時代だったら言論統制でそんな「異端派」の意見そのものはもちろん、下手すると主張者まで抹殺されてしまう意見なのでしょうが、そういう意味では今はそこそこいい時代だよなあ、としみじみ思いながら、神道に関するいろんな説だの歴史小説だのを読むのが楽しいです。

ところで今日は建国記念の日。これって何を記念してるのかじぇいど♪ぜんぜん知りませんでしたが。
これは明治政府がさだめ、1948年に廃止になった紀元節の日。この紀元節ってのは・・・
初代天皇とされる神武天皇が即位した、という記念日だったのですね。
うーんぜんぜんそんなこと考えたことがありませんでしたよ。
上のような経緯を知ってみるとなおさらなんか、フクザツ気分、になりますね。


みなさまも、おススメ本、面白い話、あったら教えてくださいな♪


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11 件のコメント:

  1. 最近、第二次世界大戦の教科書では教えてもらわなかった
    ことを知る機会がありましね・・

    ネットに書いていることが全て正しいとは
    言い切れないですが、知らないことが多いなと
    思いました^^;

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  2. 日本史も世界史も試験勉強は一夜漬けばかりだったので、何にも覚えていません(ーー;)
    そもそも北条早雲ってどんな人よって感じでウィキってみたら、小田原城奪取とかって書いてあってちょっとビックリ
    最近、子供と話してたんですよ。
    小田原城あたり観に行く?って
     …ただそれだけなんですけど。

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  3. あすケット11/2/12 3:23 午後

    ネットでは、個人的な意見でも 「○○である」
    みたいに断言的な言い方する人がいたり、
    紛らわしい事も多いですが、
    希少な情報があったり、学びやすかったり、
    最近は、グーグル検索の精度も上がっているのか、
    質のよい情報が調べやすくなった氣がします。
    以前は訪問者を呼び込むための仕掛けの多いページが
    検索上位に居たり、
    更新されていないページが上にあったりで、
    よくネット迷子になりましたが。
    きっと、グーグルに居るという ザドキエルさんのお陰だー
    なんて、勝手に感謝していますw
    歴史の文面見ただけで読む気がしなくなる私ですが、
    今日も勉強になりました~☆

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  4. 明治政府の宗教政策は江戸後記の国学者の説によるものが多いんですね。平田篤胤とか本居宣長とか、その他諸氏おりますが。
    国学者の説を、江戸時代の公家、武士から庶民に至るまでが「程度の差はあれなんとなく分かっていた」ところから、施策は始まってます。
    確かに維新政府の政策でわが国の宗教界はがらりと変わったんですが、その土壌は江戸時代から着々と培われていて、維新で表に出た、という方が正確なように思いますよ。

    御師は伊勢以外のお社にもいて、彼らが諸国を回り、わが国の神話やそのお社に関わる神話を語りながら寄付や参拝を募ってました。
    特に伊勢の御師は「旅館のおやじ」のみならず、参拝旅行の企画やツアーコンダクターやガイドなど、今日の旅行会社のすることを一手にやってました。御師が最大に隆盛してたのが江戸時代。
    (ついでにいうと司馬先生は「ご自分の説をさも定説であるかのように書く癖」がありますので、後で裏を取る作業が必要です。学生時代に何回痛い目を見たかw)
    それと同時に、庶民が読む読本やなんかで神話が広く一般人に認知されてて、神話を扱った浮世絵が書かれてたり、これに合わせて国学者の研究も隆盛して、それが識字率の高さによってまた人々に知られる…
    …というサイクルがあったものですから、江戸時代の人々はそれなりに神話的な知識がありましたし、何より「公方さまよりも京の天長さまの方が偉い」という意識が武士から庶民に至るまであったんですね。
    徳川幕府、武士自体が、現実はどうあれ「自分たちは帝にお仕えしている身分である」というスタンスを崩しませんでしたし。(これがまた日本的な現象で面白いのだが)

    明治政府が諸悪の根源(笑)なわけではなく、「彼らが明文化した政策に前の時代から継続する部分があった」から人々に受け入れられたのだし、そもそも政府の中の人に知識や認識があったから、その政策を作るに至ったんではないか
    (あと、「これなら仏教をフィーチャーしてた幕府との差別化が出来るじゃーん!」と薩長土肥の維新志士上がりの中の人達が思ったのかもしれないw)
    という見方もできるんじゃないかな、と思います。どんな人も、自分が受けた教育、得た知識の影響を脱することは出来ないわけですから。
    (どんなに自覚的であっても、人生の早くにインストールされたソフトの書き換え、乗り換えってのはなかなか出来ないもんだと思いますよ)

    ついでにいえば、紀元節はGHQの神道指令で廃止されて、昭和41年に祝日法の改正があったときに「建国記念の日」として復活した経緯があります。
    紀元節が一旦廃止された関係で、宮中では「紀元祭」は行っておらず、神武天皇のご命日のお祭りの時に、それまで紀元祭で行ってた儀礼を合わせて斎行する形を取ってます。
    なぜ建国記念日に紀元祭をおやりにならないのか、気になるところですわw

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  5. まさに、今日伊勢神宮に参拝してきました。
    バスでガイドさんも神武天皇のお話をされてましたね。
    予定していた日に行けなくなり、今日になったのですが、こんなにタイムリーとはw
    売っているお神札を見ましたら、ばばーんっと「天照大御神」って書かれてるのですね。
    私は「神宮大麻」って書いてあるのかと思ってました。神宮大麻はお札そのものの事だったんですね。
    外宮、内宮と参拝しましたが、外宮はしっとり落ち着いた雰囲気、
    内宮の方はそれよりもからりと爽やかな雰囲気でした。
    巨木がたくさんあって、それだけで歴史を感じる事が出来ました。
    木に抱きつくのが好きな方は楽しいかもしれません。
    最近、ずーっと天照大御神とのご縁がたくさんあったのですが、伊勢に行った日に
    なにみえでも伊勢神宮のお話なんて、やはりご縁は続いていた様ですw

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  6. はじめましていつも拝見させていただいています。
    私も明日挙式をしてプチハネムーンに伊勢参りに行ってきます。
    (日本の神様に挨拶しに)
    銀河さんとも同じくご縁を感じます!

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  7. お勧め本あります。
    「地球隠れ宮一万五千年のメッセージ」という題で、
    「太古の日本になぜ世界中の人々が集まったのか――五色神祭の秘密を明らかにする」という副題の本なのですが、水の伝道師である江本勝さんと、世界最古の歴史を持つ幣立神社の宮司である春木さんの談話を通して、古代神道の奥深さを改めて学び、この時代日本人に生まれてきてよかったという誇りと、使命観を奮い立たせてくれる本だと思います。
    対話式なので気軽に読めるし、一気に読み終えれますよ。

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  8. kicoriさん
    第二次大戦ってのはわざと学校で教えてない、なんて話もありますからねぇ・・・国民のためにならないおかしなナショナリズムは二度とごめんですが、日本人としての誇りのためには、開戦の経緯、終戦の経緯、ちゃんと深く知っておいて日本語以外でもきちんと語れるようになりたいですが、まだまだわかんないことだらけですねえ。

    アキレスさん
    いや、私も北条早雲と小田原の関係、静岡あたりがどういう土地だったのか、北条家と関係ないのになぜ「北条」早雲なのか、出身の伊勢家がなんだったのかってのぜんぜんわかってなかったんですよ。大昔いっぺん読んだ話だったんですけどね。ただのお話として読んでましたね。小田原も今行ってみたいとこの一つです。かまぼこ買いに、ですがw

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  9. あすケットさん
    ほんとそうですね。ネットならではのいいかげんさ、ってのもちゃんとわきまえておく必用がありますが、ネットならではの特性を生かして上手く使いたいものです。

    真田さん
    うおー、こういうお話が聞きたかったのです、ありがとうございます。そっかー知識階級だけにしか思いが至ってませんでしたね。庶民もちゃんと理解して変革の土壌がすでにできていた、というのは
    考えたことがなかったです。彼ら国学者の説ってのも大ざっぱにしか知らずちゃんと読んだことがなかったですし
    日本の権力の二重制はほんと面白い現象かと思います。欧州の王制とローマ教皇の関係とも似てるようでちょっと違いますし。
    司馬先生についてはわかりますねえ 笑
    くっだらない話ですが、うちのご先祖さんの一人が何度か出てくるのですが、ちょっとマテ!いったい何を根拠にそんなことを!な感じでとほほだったりw
    はー。紀元祭、命日にやってるのですか。天皇個人の祖先とするって意味に留めるってことでしょうかね。興味深いコメありがとうございました。

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  10. 銀河さん
    あらまあそれは奇遇でしたね。木がすごい、それはますます行きたくなりますねえ。

    匿名さん
    それはそれはおめでとうございます!
    末永くお幸せに♪

    すぎなさん
    おすすめ本ありがとうございます。
    古神道、つっこむと知らない地名ばっかりでわけわからんので、まずはそういう入門編、がいいですね。探してみます♪

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  11. パグショコラ28/2/12 8:11 午後

    す、すみません。。
    今回は読めない漢字が多すぎて、
    しかも日本史や日本の地理をまったく知らないため、途中でギブアップです・・。

    芸能人は知らなくってもいいけど、
    新聞が読めないレベルの知識って困りますよね。(もちろん、英語でも無理です!)
    日本人として恥ずかしい・・。
    じぇいどさんは海外を転々としていたのに、すごいですね。

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