2013年5月22日水曜日

オクラホマの竜巻と米国の学校の予算不足

ここ数日、オクラホマの竜巻被害の話ずっとやっていて、縁のなかったオクラホマ州とはいえ、16年も住んでいた同じ米国のこと、それも子供に被害が多かったとの話で胸が痛みます。

じぇいど♪家住んでいたのは、地震や山火事はあっても竜巻は大きな被害がめったに出ない南カリフォルニア。竜巻は、広いところを延々車で走っている最中に小さなものを見ることはなんどもありましたし、小さいとは言っても直撃されたら車くらい飛びかねないかもしれない、と祈るようにして進度を見つめたり。出張の多いおとーさんはダラスだったかで、竜巻の警報が出て、ホテルで全員がロビーに集められて緊張のひとときを送った、ということはあったものの、身近なものではなく。

なので、竜巻が頻繁にある地方ではみんなシェルターがある、くらいに思っていたのですが。今回被害を受けた住宅のうち、シェルターの普及率はたった1割。小型のものを設置するのに40万円は最低でもかかるのに、1万6千件の補助金申し込みに対して500件しか対応できていなかった、というのをニュースで見て、普及率はそんなものだったのか、と驚いています。

また、一番痛ましいのが、被害の大きかった学校にはシェルターの予算がついていなかった、ということ。その地区の、おそらくは学校区の職員の話なのでしょう。州全体なのか、学校区で、なのか、100校の予算はあったものの、その学校にはつけることができなかった、と。まだ状況が明らかになったものの、先生・生徒はトイレに逃げた、などという話もありますから、被害のあった学校はシェルターがなかったのか、足りなかったのかもしれません。

じぇいど♪家が米国から日本に引っ越した時期、少し前から、カリフォルニア州も財政難で、まず削られたのが教育予算でした。

まずは先生が解雇されたり、移動になることから始まりました。日本でもそうでしょうが、何十年も一つの学校に努めてきたベテランの、子供たちの心の支えとなっている先生もたくさんいます。そういう先生方が、突然解雇の候補となり。親で団結してこんな理不尽な形での解雇を許してはならない、と集会を開いて署名を集めたりとももちゃんの学校で大騒ぎになりました。ももちゃんとちゅまの担任だった先生も障害のある自分の子供の世話が大変で単独では授業が成り立たないということが理由でリストラ候補にあがり、なんとか回避になったものの、みんなにとって緊張のひと時でした。

予算不足に加えて親からの寄付金も不況で激減し、予算不足を補うことができなくなって、イベントも減っていきました。これまで子供たちが大好きだった美術の授業はなくなり、いたるところで口癖のように「だって予算がないからね」という言葉が聞こえるようになりました。

我が家の引っ越しが決まったのをばんぶるの担任の先生に伝えたときのことが一番印象的でした。その先生はももちゃんの担任でもあったので、すごく熱心で溌剌とした先生だったのを覚えているのですが。引っ越しを伝えたとき、意気消沈していて、正直、あなた方は日本に帰国することになってよかったと思う。この地域の教育予算はどんどん削られている。もう、授業そのものを成り立たせるのも難しい。教材の予算がないので、教師がみんな自腹で持ち出しになっている。この先、公立学校はどうなっていくのかわからない。と、苦々しい表情で語り、上になにをどう訴えても無駄なんだ、という無力感を感じているのがありありとわかって胸が痛かったのでした。

なんとかわが子の、生徒の、教育を先生と親で守ろうとしたのでしょう。うちの子供たちが在籍していた公立学校はみな地元では教育熱心で知られた学校でしたが、最近HPにアクセスしてみると、みんな予算の調達方式、学校区に置けるカテゴリーを変更して、州の規定に縛られずに自分たちで予算調達したり、予算配分、教育内容を決めることのできるメリットがあるチャーター方式に変更されていました。

以前からただでさえ寄付金をかなり必要とし、みんな快く出して運営されている学校だったのですが、おそらくは、強制ではないものの以前よりもさらに親からの寄付金にたよっての運営となっていることでしょう。

しかしこんな学校はとても幸せな状況なわけで。たいていの公立学校は予算を削られればなすすべもなく、授業を減らし、内容をけずり、ということで対応しているのでしょう。

そもそもなんで予算がないのか?その経済の歪みのそもそもの原因はなんなのか?
そんなことを思い浮かべるとますます、今回の小さな犠牲者は竜巻だけでなく、
教育内容どころか命を守るための設備予算すら出ないほどに教育の場を
追いつめてしまった大人たち、富を独占しているどこかの誰か、の犠牲になって
しまったようにおもえてなりません。

犠牲者の冥福を祈ります。




4 件のコメント:

  1. 私の住む地域は、日本でも竜巻の多い土地。
    ですが学校に、シェルターなどあるはずもなく。
    もし起きたら一番窓と出入口の少ない部屋に逃げ込むことになっています。
    自分が知る公立学校は、職員も
    予算が削られて意気消沈というよりも、
    慢性的予算不足に慣れきって しまっているというか。
    無いのが当たり前、予算出たらラッキー。
    先生たち、自腹で準備も当たり前なところがあります。
    日本の教育者のいいとこでもあり、悪いとこでもある気がします。
    子供のためなら、自分が、みたいな。
    この、先生たちの奉仕精神で成り立って
    いる自治体、多いはずです。

    もっと、「予算を!!」 と叫べばいいのでしょうが、
    中の人間の声は、効き目ありません。

    外から援護お願いしたいな~…。切実。

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    1. 日本でもそういう竜巻の多い場所があるのですね。
      やはり日本の学校も予算不足には悩まされているのですか。するとうちの子供たちの現在の学校は恵まれているんだろうなあと思いますがきっと自治体によって違うのでしょう。
      そうですか、日本の教育現場では自腹も当たり前なのでしょうか。たしかに部活の顧問などもしなければならない、プロのコーチを雇う予算はなかなか出ない、だから休日返上で子供たちの世話をする、本当に熱心な先生方の奉仕精神には頭が下がりますが、その状況をおかしい、と思わないといけないですね、本当は。

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  2. 「子供のため」
    「平和のため」
    「○×▽のため」
    「$#♪のため」

    自分の地位と名声に執着し、立派な志をこれでもかと大きく印刷したきれいな衣を身に纏い、一見良い人のようなすました顔で耳触りの良い言葉を並べるのに、落ち着いてよくみてみれば、ただのお為ごかしだったことの多いこと。最近の日本はなんなんだと思っていました。
    政治家、評論家、勘違いしている一般人、テレビの中にも身近にもそんな人が増えました。

    そんな大人を間近でみて、感じて育つ子供が描く未来とは?大人の歪みを無自覚に受け止めざるを得ない子供の未来はまっすぐなのか?それを自覚できない大人は、どこへ行くのか?まして命に関わる設備は大人が整えるしかないのに、それも受けられず、恐ろしい思いをした大勢の子供達が、大人のせいだとは思わないのだろうと思うと辛いことです。

    閉塞感を漂わせながら自分の立場を確保したがり人を蹴落として生き残りたい、自己中心的な歪んだ大人。それは日本だけかと思っていました。漠然と、アメリカは誇りは失わない、格差も大きいなりに、民間がサポートする力は強力と思っていました。
    現場の先生の生の声から絶望感が伝わってきます。

    今回の竜巻は竜巻多発地帯でも桁外れに強かったからこんなことになったのかとも思っていました。それだけではなかったのですね。竜巻用のシェルターのことなど知らなかったのですが、ますます悲しくなりました。

    このところ竜巻のニュースを繰り返しみて、土台がむき出しの学校やがれきの山、そこから助け出された泥まみれの子供の泣き顔を見て、東日本大震災の様子が重なって「どうして?」という思いがずっとあり、とりとめもなく思っていたことを書かせていただきました。

    犠牲者の冥福をお祈りさせていただきます。
    被害にあわれた方が、一日も早く、日常を取り戻されることをお祈りします。
    被害にあった子供達に救いの手と愛がたくさん差し伸べられ、一日も早く希望と笑顔を取り戻されることを祈っています。

    長々と場所をお借りしました。
    なかなか知ることのできないアメリカの実際の姿をお聞きすることができてよかったと思っています。
    ありがとうございました。

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    1. >そんな大人を間近でみて、感じて育つ子供が描く未来とは?

      うちの子に限っても、すでに我々の世代とは世界観が違うのだな、と思わされます。平和な世の中に生きているとまず思ってないのだな、戦争は常にあるもの、政府は信用ならないもの、と、もう生まれながらにデフォルトで思っているのか、と驚かされます。

      そうですね、アメリカは民間がなんとか政府や州の予算で足りない部分を補ったり寄付が盛んだったりしますが、それも限りがあり、どうしても貧しい地区は取り残されてしまいますね。

      こちらこそ心打つ感想をありがとうございました。

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