2014年2月11日火曜日

国分寺 その1 鎌倉街道と国分寺跡

あんな大雪の後になに言ってるんだい、な導入文ですが。先日とても天気がいい日、おなじみこのブログのイラスト描いてくださってる青い月さんと一緒に東京都下の国分寺エリアをお散歩してきました。いやほんとにすっきり晴れて気持ちのよい日だったんだよ。

この下の写真の道、なんでもなさそうな普通の小道に見えますが。鎌倉街道、って言うんですと。お。鎌倉街道ってことは・・・これずーっとずーっとまっすぐ歩いていくと、おうちに帰れるってことか?って馬鹿なことを一瞬考えましたがwww 

あとで調べたら鎌倉街道ってのはあの「いざ鎌倉」のとき、御家人たちが鎌倉に駆けつけることができるように整備された複数の街道の総称で。ここはその一つである鎌倉街道上道というものの一部のようで、短いけど保存されてるのはここだけ、っていう実はとっても貴重な場所のようです。

ってことはまあ、この道が昔どこを通っていたかわかっている場所をずぅ~っとたどって行けば、やっぱりおうちに帰れなくもないわけだ 笑

鎌倉街道上道は、あの諏訪大社のある諏訪からの道と長野市の善光寺からの道が群馬の藤岡で合流。そこから埼玉を縦につっきって、その昔は武蔵国国府であった大国魂神社のある府中を通り、この国分寺を通って鎌倉に向かう、ってことのようで。

・・・ってことは・・・交通の要所を繋ぐだけじゃなくて、寺とか神社とかの気的に重要なポイントを繋いでエネルギー的な流れを作ってたのか?って思いましたが・・・・昔は神社や寺の周囲に街ができて人が集まったんだから、別に自然にそうなって当たり前なのでしょうね、考えてみりゃ。

この鎌倉街道、国分寺崖線ってもんに沿ってる、って説明があったんですがね。国分寺崖線ってなに?なんて読むの?って相変らずの無知から調べたらどんどん広がって・・・・じぇいど♪、長年子供の頃に聞いていた「武蔵野だいち」って言葉が、大地じゃなくて台地、で、武蔵野ってそーいう高低差がある構造になってたのか!ってやっとこ理解することになりました・・・・おせぇよ・・・。

ま、つまり、ちょっと高くなった「武蔵野台地」の端っこが崖線(がいせん)、俗にハケあるいはママと呼ぶんだそうで、そういう場所は台地のほうから染み出した綺麗な湧き水が豊富

これ、この地域の崖線の湧き水を地図にしたものなんですがね。これはなるほど水辺に祀られるものである弁天さまが祀られてるわけだよ!って思いました・・・そう、素敵な弁天さまがいらしたのですよ♪・・・が、それはのちほど。

鎌倉街道の脇に階段があったので上がってみましたら。地味でなんにもない小さな空き地なんだけどなぜか感じのいい場所が。伝祥応寺跡って説明プレートがありました。周辺には盛り土が台状になった祈祷所跡もあるようで。なるほどそりゃ気的に気持ちいい場所だねえと感じるはずだ。

これが国分寺の尼寺跡。柱の下の石しか残ってないんですが、それでもけっこうな駅近な都内でこんなに広い場所を史跡として保存してるってすごいなあと、まずそこにびっくり。なんか国分寺ってのは、尼寺が必ずセットになっていたもののようですね。
こっちが国分寺金堂の跡。当然ですが尼寺よりかなり広そうです。

★    ★    ★    ★    ★

国分寺って全国に仏教を広めるためとか地方統治のために作られた、って概念しかなかったんですけどね。あらためて調べると「鎮護国家のために」つくったんだ、と。

以前なら鎮護国家って言葉からは、各地域の統治と警備治安にあたったのねと実質的な面しか連想しなかったんですが。もしかしたら・・・国分寺は、現実的な機能や思想普及の役割だけじゃなくて、「気的な守護・安定」のためのエネルギー的なポイントでもあったのかなとなんとなく思いましてね。あるいは、たくさん作ったなら、もしかして全国に張り巡らされた国家鎮護の結界だったのかもなー、だったら楽しいよなーとか^^。

・・・となれば、物理的な地形や交通の便などだけでなく、土地の気、エネルギーの良いポイントを選んで建てられているはず。武蔵の国の国府からの方位にも意味があるのかもしれないし。湧き水で水の気は豊かだし・・・火山はさすがにないだろうから、龍脈である活断層でもあるんだろう、そう思って調べてみると。ありましたありました。国分寺崖線と3kmくらい離れて並行して走ってる活断層、立川断層。

活断層というのは龍脈だのレイラインだのと呼ばれて日本の寺社仏閣も、欧米の教会や聖地もその上にあることが多いのは皆様もご存じとは思いますが。

この東京都下の武蔵国分寺がそういう「いい場所」を選んで作っているならば。きっと全国の国分寺ってのもそうだったんだろうなあ、どのくらいあるんだろうなあ、って思ったら、こんなリスト作ってる方がいらっしゃいました。保存状況があるのでわかりやすいよね。

全国国分寺リスト

これ見ると、すでに場所不明、なんて場所もあるし、一番よい状態で保存されてるというこの東京の国分寺ですら、基礎が残ってるのみ、で観光地としてはとても地味なんで、整備がなされてない場所だとなかなか跡地を探して見に行ったりしないでしょうけどね。でも、土地の構造なんてのはそうそう変わらないですから、今でもその地域での「パワースポット」的な場所のままである可能性はあるんじゃないかなあ、と思います。皆様もぜひご自分の地方の国分寺跡ってのを探してみてくださいな。

あと、国分寺についてうろうろ徘徊してたら面白いこと研究してる方をみつけちゃいました。まだ全部読めてないんですが、面白そうなので、もし興味ある方いらしたら。

国分寺の配置について
http://masugata.blog.so-net.ne.jp/2012-11-18


さて次はいよいよ弁天さまへ♪


つづく




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2 件のコメント:

  1. 国分寺っていう地名のところはそういう場所だったんですねぇ。
    うちの方の讃岐国分寺は行ったことないけど、敷地も広くて資料館もあるようですね。
    今は国道が走ってたり住宅地も増えててわかりにくいけど、車で走ってても
    なんとなく気が違うような感じはしてました。
    そして、国分寺町の隣は府中町だったりします。おもしろいですね。

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    1. 讃岐国分寺は保存状態がかなりよさそうですね。
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AE%83%E5%B2%90%E5%9B%BD%E5%88%86%E5%AF%BAの写真を見ると、現在の境内にそのまま跡が残ってるようですし。
      府中、って地名もそうすると国府の中心地とか、そんな意味でけっこう全国にあった地名なのかもですねえ?もう建築物がほとんど残ってないような時代ってのはこれまで目をむけてこなかったんですが、知ると面白いですね。

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