2014年5月20日火曜日

魂全体の『共振による撹拌』で個のバランスを修正する その2 グローバルモード


前記事よりのつづき)
まずは・・・
「あら?元のグローバルモードに戻ってるぞ?」
そう感じたのですね。元のグローバルモードとはなんぞや。ってうんと簡単にいうと。じぇいど♪、5、6年前には、エネルギー的にも実際の言動もあまり日本人ぽくなかった。それが、日本に帰国して、日本の神様方とご縁を頂いて・・・って方法でわざわざ日本に「チューニング」をして、エネルギー的にも「日本人ぽくなったね」と言われるようになり。と、3年くらいで変化してたんですがね。

それが以前の「自分はナニ人でもなく地球人だがソレガなにか(・ω・)ノ?」な状態に少し戻ったかな、と。逆にそれは「自分、えらく日本寄りモードになってたんだなぁ」って実感したってことでもあります。直前にそれを再確認させられる出来事もありましたし。まあ話長いからそれは割愛。

そして次にですね・・・
この時代の日本という土地で暮らしている、じぇいど♪、という個体である自分。この部分の立ち位置ってもんを強く感じさせられましてね?するとどうしても他の部分と比べてここにいて生きていることの貴重さ、ここに至った流れや意図ってもんを感じたり。この「個」ですべきことは「他のあそこの個がやっているアレ」でも「そっちの個が過去生という時間軸でやってきたソレ」でもないのだから、万事今のままでOK。ってことを、びしっと、瞬間的に感じたのですよ。その感じは、単なる「グラウンディング」ってのともまた違ったんですけれどもネ。

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こういう「感覚」ってわりとすぐ収束してしまうものなのですがね、その意味ってのはすぐ論理的に何、とわかるのでもなく。淡い感覚をほんの少しでも意味あるものにして留めるのは、わたくしの場合、後から分析して「言葉で定義すること」によるのですね。だから何かを感じるとまずメモを残し、さらにこういう記事を「自分のために」書く習慣にしているのですが。や・・・ホントはそうハイヤーセルフに躾けられた、が正しいかもだけどね・・・。

で、その解釈と言葉にするためヒントは指導の見えない方々から説明を受けることもあるのですが。できるだけ自分で考えるほうがベターだからでしょうね、周囲の方々から偶然の出来事として、あるいは一緒に解釈を考えてくれて、頂いたり、無関係な出来事装ってサインが出されてたり、ってのが多く、今回もそうだったのですが。

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最初はいつもの民絵屋たみえさんのコレ。
たみえ「ぬか床かき回すみたいとゆーか、デフラグしてるみたいなんかもよー?」
まさにやられた内容はそういうことだな、たみー相変らず表現上手いな、と思ったら。

次にmusicaさんが、一見、全く関係なさそうな日常のトホホ話を。
mu「ところで、今日ベッドのシーツを変えて洗濯しているのですが、お湯でつけ置き漂白をしようとして、ちょっと洗剤を撹拌しよう→10分経ったら洗濯機を止めよう→ちょっと絵を描こう→40分経過 洗濯終了。もう一度つけ置きしよう→ちょっと洗剤を撹拌しよう→10分経ったら洗濯機を止めよう→ちょっと絵を描こう→1時間経過 洗濯終了。←今ここ。
3度目をするか検討中です。。。

そりゃ災難(;´∀`)・・・しかし、おお、ありがとう!
あの状態説明するのにちょうど良いキーワードは「撹拌」だ!
歌を共振のツールに、魂全体の『撹拌』をして、偏ってた部分を修正してバランスを取った、ということなんだな。と、言葉での分析を致しました。

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じぇいど♪「さて、共振による撹拌で・・・日本にチューニングする前のモードに・・・もどしましたよ、なのか、撹拌して一時的に思い出させられただけで、また沈殿して液が静止すると日本モードにもどる、なのか。」

たみえ「そやなー。どっちなんやろうなー。戻されたのか、一時的なものなのか。どっちか分からんけど。人間っていろんな面においていろんなモードが実はあって…というか、切り換えることが可能なんだろうなーって思うからさ。

あー。そゆことなら、もしかしたら、選択権は自分にあるのかもね。ハイヤーとかが決めるんじゃなくて。ここまでくると。」

ふふふ、相変らずキビシイこと言うねえ、たみーは(;´∀`)  でも、鋭いや。そやって、選択権は自分で握って器用に切り替えられる、グローバル視点も持てるのだが必要なときに同時に今ある自分の土地や立ち位置も大事にできるよ、ってのがそりゃ理想だろネ。

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そしてたみえさんとのおしゃべりはまだまだ続く。


つづく



今回はコメ欄は最後まで省略♪
とりあえずのぽっちり、ありがとう( ^^) _旦~~ 

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