2014年5月21日水曜日

魂全体の『共振による撹拌』で個のバランスを修正する その3 逆の状態を融合する

たみえ「よくさ、国益ってゆーやん?日本人として、当然だけど、国益を損ねる選択はして欲しくないって、ニュースを見てると思うけどさ、でも、国益って何だ?って思うとさ、日本だけを見ての国益なのか、それこそグローバルなあれこれを考えての国益なのか、で、全然違うこともあるやん?

ともすると、グローバルな視点であればいい、って言う知識人もおると思うけどさ、そんな簡単な話やないやん?やっぱりどっちの視点も必要やし、そうなると矛盾がいっぱい発生するし、だからあちこちみんなが落ち着かないんだろうけどさー、でも、マルチな視点を能動的に切り替えていくことって大事なんじゃないかなー、って思うんだよねぇ。」

そうなのだよ。そうなのだよ。

どんな問題でもそうだろうが、ある問題について考えるとき、自分が視点をどこに置いているのかで感じることは全く変わってくるグループ同士の対立の話なんて特にそうだ。

相手の立場に立つ、とよく言うけれども。相手の位置に自分の視点を移動し、頭で相手の立場を理解し、尊重するのは第一の段階。感情もちゃんとついていくのが第二の段階。

そしてそこまで深く感じるためのヒントは、エネルギー的な在り方の切り替え、ではないだろうか。

また、一人の人間が沢山の国への愛着そして複数の視点を真に持つためには、今は、別の国で産まれ育ったり、他の国にまた苦労を重ねて順応したり、たくさんの土地を訪れて実際に生活して深く知ったりって、長く苦労も多い経験の積み重ねが普通は必要だったりするわけだけども・・・。

そこまで時間や労力を膨大にかけなくともね。霊的な体験を通じて「自分は今属しているこの国の他にも縁のある場所が沢山あるのだ。」そのことが心底わかる人がもし今後どんどん増えれば・・・どうだろうかね?他国にある者同士が親近感を深め、互いをより深く尊重しあうようになれないだろうか?

・・・などとね。これまでの自分の経験、そのウエサクの満月の体験と考察から、しみじみと、そう思ったのね。

★     ★     ★

相反する立場に視点を一旦移して、感じるものを味わうべし
そののちに再び双方を眺めるべし

これ、じぇいど♪がちょっと前にある方法で取り組まされていた課題で言われたことだったよ、そういえば。

ある件についてどうしても偏った見方をしていた自分ってもんに気づかされましてね。で、なんともバカバカしく思えるある「スマホのゲーム」って方法で、視点の修正の機会を与えられたってことがあったんだけどね。またその別件の詳細については・・・長くなりそうだし、またまたこっぱずかしい話だから、気が向いたらいつか書くかね、そう、いつかね(;´∀`)・・・。

★     ★     ★

そうそう。スマホのゲームといえば、もひとつあったよ。
最近スマホに入れてよく遊んでるタロットのアプリがあってね。このカードがあまり頻出するのでなんでだ?と気になって画像セーブもしたんだったよ。これね→Google Play  / iPhone

逆の状態を融合する、複数の視点を持つ、みんなほぼ同じ話じゃーないか。

★     ★     ★

まだまだ色んなことに関して自分は「偏り」を持っているんだろう。そんな偏りはやっぱりないほうがいい。そして「客観的に物事を見る」とは言っても、単なる遠目の客観視点、ってのは対象からはやっぱりちょっと遠すぎて上から目線に偏ってしまったり、それぞれの立場への理解や共感が浅いこともある。

マルチな視点をエネルギー状態まで深い部分で、広範囲のたくさんのテーマにわたってひょいひょい器用に自分の意思で切り替えることができるようになるなんてのは、様々な制限の多いこの次元で生きている肉体を持った人間には難しい・・・や、はっきし言って無理無理、なのかもしれない。

けど、自分は今、偏ってるかもしれない、今の自分のものの見方はどこに立脚している?なぜ自分はこのことに関してそう感じるのだ?と立ち止まって確認するってのを意識しておくことくらいは、できる・・・かもしんないな。

いやいや、相変らず些細なことがこんなに長い話になっちゃったけど。話に付き合ってくれて大きなヒントくれたお二方、ありがとう。そして満月のお月さま、色々と考えさせられる機会を、ありがとうございました(*´ω`)。
↑ちょっとまて、この一連の「課題」を出して、色々采配してきたオレは?感謝するの満月?ええ(*´Д`)?って声が聞こえそうな〆だな・・・。



今日もぽっちり、ありがとう( ^^) _旦~~ 

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5 件のコメント:

  1. みかです。
    おっしゃってること、すごくすごくわかるような気がします。
    例えばね、私、知り合いや友人には、右寄りの人もいれば、左寄りの人もいる。
    霊的なものを大事にする人もいれば、唯物的な人もいる。
    ある種の宗教に凝り固まっている人もいる。
    いつも、どの人の立場にも、なるべく個々に寄り添って話を聞いて、言わんとしているところの元にある気持ちや体験を理解してみよう、と思っている。
    そして、そのそれぞれの言い分や正義感に基づいた義憤の言葉を聞いていると、うんうん、言いたいこと、わかるよ、と思う。

    けどね、みんな、どうしてそう頑固で一方的なんだ〜、と思うんだよね。
    相手側を半分誤解に基づいて決めつけていて、攻める時の舌鋒は、めっぽう鋭くってさ。
    別の立場から、見てみてよ?また全然別のものが見えてくるよ?って思う。
    で、翻って、自分はどう思うのよ?と思うんですよね。

    この年になると、人間の弱さ・愚かさとか、正義に酔いやすいところとか、依存症になりやすいところとか、鈍感さとか、無責任さとか、傷にもとづく偏りとか、親からの刷り込みによる人生脚本だとか、もしかしたら前世から引き継いだであろうものとか、生まれついての脳のクセとか、だいたいのことはわかってくるから、たいたいのことを、許せてしまうような気になってくる。
    それは、きっと、自分の中の多面的などうしようもなさを、血を流しながら咀嚼して、ガラガラポンして、受け入れようとしてきた結果なんだな、と思う。

    けど、それを自分の中でやっているだけじゃ、やっぱり、まだだめなんですよね。
    自分は良くてもね。

    異質な人たちの中での、交渉力とか、相互理解や共感を深めるためのコミュニケーションの促進力(ファシリテーター力)とか、そういうのを学んで身につけないと、だめだなあ、と思ってるんですね。
    自分の内側の諸要素とだけディスカッションするだけじゃなくて。

    実はですね。
    「小学四年生の世界平和」という本を読んでね、すごく、なるほど、と思わせられることがあったんです。
    http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E5%AD%A64%E5%B9%B4%E7%94%9F%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%B9%B3%E5%92%8C-%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4041107377

    この著者の方ね、TEDとかオランダでのTEDexとかでもスピーチしてるんですけどね。
    動画、ありますよ。

    この方はね、小学生に、すごく複雑で複合的な国際的な問題を、模擬的なゲーム環境の中で、互いに自発的な考えに基づいて交渉させながら、解決させる。
    環境問題や財政問題の解決や平和を実現するには、どうすればいいか、ってことを、子供たちに、体験させるんです。

    日本の平和教育って、「戦争はいかに悲惨か」という情緒的なことばかり、教えようとするでしょ。

    でも、この方の教育は、「いかに複雑な問題を目の前にしながら、自分で考えて交渉することを通じて、みんなが助け合ってwinwinになれる状況を実現できるか」っていうことを、体験的に学ばせるんですよね。

    平和っていうのは、ただ手をこまねいていても、実現しないんだな、ってつくづく思わされました。

    まあ、そういうわけで、相互理解のためのファシリテーションっていうことをね、私としては、ずうっと考えています。

    アーノルド・ミンデルの「紛争の心理学」っていう本で書かれている方法もね、興味深いし。
    http://www.amazon.co.jp/%E7%B4%9B%E4%BA%89%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%E2%80%95%E8%9E%8D%E5%90%88%E3%81%AE%E7%82%8E%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%89-%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AB/dp/4061495704

    その他、田口ランディさんも勉強会をしている「ダイアローグ」っていう方法とかね。
    鈴木重子さんたちがやってる「ノンバイオレント・コミュニケーション」っていう方法とかもね。
    興味深いのですよね。

    気になってしょうがないんですね。

    自分の中をガラガラポンすればするほど、いろんな異質な人どうしがお互いを知るためにも、ガラガラポンしていくためのお手伝いをできるようになりたいな、そういう知恵が欲しいな、って思うのです。

    長々と、失礼しました。

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    1. みかさん、たくさんのヒントになりそうな情報をありがとうございます。

      >自分の中の多面的などうしようもなさを、血を流しながら咀嚼して、ガラガラポンして、受け入れようとしてきた結果なんだな、と思う。

      そうなんでしょうねえ。そしておっしゃる通り、そうやって個人が受け入れたものをどうやって世に広げていくのか、ってのが今度は大事になってきますよね。

      田口ランディさんのやろうとしてらっしゃること知りませんでしたが、調べてみてちょっと驚きました。私がある場で受けたことのある教育とそっくりなのですよ。もうその指導者の方は亡くなりましたがね。有名な方なので具体的なお名前出すと検索でひっかかるでしょうからやめておきますが、彼の真意はやはりこういうことだったか、って数十年して納得した気持ちです。

      小学校四年の世界平和、うちの子供たちは残念ながら未経験ですがすごく良さそうな教材ですね。うちの子たちが育った地域は比較的リベラルな場所で人種の坩堝であったから可能だったのでしょうが、公立にも関わらずかなり突っ込んだ政治的な事柄にも触れる学習内容で、民主主義国家の担い手、平和なグローバル社会の担い手としての自覚、国際的感覚をつけさせようとしている、というのがわかるような学校でした。なので米国は利己主義的に強権を振りかざすだけの国、というイメージは私にはないのですがね。でも右寄りからの圧力にも苦心してるし方法論も試行錯誤の連続なんだろうなあってのは薄々わかりましたね。

      ただの感情的な対立、戦いにしてしまわないために相手のことも理解し、共感するってのは、頭では、必要なことだよね、学習すれば可能だよね、と思うのですが、実際には感情面では難しかったりするものだと思うんですよ。

      自分でもまだまだ全然色んな方面でできたとは思わないですけどね。そしてこの3話の記事で、言いたいことが上手く伝わったかどうかわかりませんけれども・・・感情的なヘイト、感情的な対立なんかも、解決するには知識的・知性的理解はもちろん必要ですが、そののちに、エネルギー的な相互理解があれば、よりすんなりと解消できるのでは、という体験をちょっとしたなあと思うのですよ。

      そしてそれはなにも世界平和なんて大げさなものにしか応用できないんではなく、ごくごく個人的な人間関係にも使えるテクニックなのではないか、と。

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    2. 長いのでふたつに分けました~♪

      そして、やはり有効なのは、子供のときからの教育、だと思うのですね。で、学校で試行錯誤でもいいから少しでもやってくれればよいのですが、こういう世の中ですから、学校で教えるのは憚られる、ということで政治的イデオロギーに関わるような部分は避けて通る先生が多いかもなあ、と思うのですよ。となれば、やはりそのあたりをカバーするのは家庭で、ってことになってしまうのだろうなあ、それじゃ様々な意見を戦わせる経験が不足するからいかんだろうになあ、と思ってるんですが。

      昨日、面白いなと思ったことがありまして。たまたまももちゃんに請われて社会科を教えていて、報道の本来の役割、憲法で保障されている言論の自由と、報道の自由とその現状、今回の集団自衛権についての発言の話、20世紀初頭の大恐慌が引き起こした影響や戦争に至る様々な細かい事件、大雑把な経済の歴史なんかをね、すごいスピードでつぎつぎ説明する羽目になったのですよ。いやもうそりゃーがんがん微妙なポイントを突いてくるので知らないことも多く、ごめんね、そこまでは知らないよ、と、もちろんいちいち調べながらではあったのですが・・・知識だけではなく、世の中の捉え方、イデオロギー的な部分をも試されてるようで、しかし、偏ったことを教えてはいかんだろう、テストのためだし、と四苦八苦でした 苦笑

      するとですね。早速翌日にお友達と、日本の今の政治、国際社会の問題、なんかの話になったとかで。しばらく熱く語ってから、はっと、あたしたち、なーに話してるんだろう、へへ、って照れたんだ、って話をしてくれたんですね。ももちゃんは普段そういうことを好んで話すことはない、普段はテレビの話、男の子の話、ファッションの話してるような子です。

      いや、大事よ、そういう話。もし選挙権の年齢が18歳に引き下げになったら、あと何年?たった4、5年よ?ちゃんと状況を判断して一票を投じる責任が果たせる?とポジティブな方向に向けてやると、そうか・・・そっか、もう4、5年しかないのか、なのに全然自分はまだ世のしくみがわかってない、と、なぜ自分が学校で学ぶ必要があるのか、も含めて、かなり真剣に受け止めたようでした。

      だからね、いやいや子供って吸収と反応が早いな、親がボールを投げかけてやればちゃんと受け止めて、それを別のところで誰かに投げたり、互いのボールを比べたり、と、即座に使うことができるんだな、と関心させられるとともに、親の影響ってのはおそらくでかいから、それが偏っていないか、ってのにほんとに気を使わなければいかんし、「どう教えるか」について参考にできるテクニックが世の中にあるのならば、参考になるかどうか学ばなければいかんな、と気を引き締められる思いでみかさんの書き込みを改めて噛みしめました。

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  2. 妙な所に食いついて大変申し訳ありません。
    このタロットのアプリ、なかなかスゴいですよね。
    なに見えメッセージカードに次ぐヘビロテだったりします。

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    1. なにみえメッセージカード、使ってくださっているのですね。とても嬉しいです♪ そうでしょそうでしょ?このアプリ、すごいと思いますよわたしも。これのおかげで、久々にタロットに関心もつようになりました。

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