2014年8月17日日曜日

チームおっさんs その9 土地の訪問と未浄化の魂の回収

カイルはさらに続けました。

「なぜおまえが子供のときあの、イアンにかかわる土地そのものに住んでいて各地を訪れていたのかわかるか?なぜ、インナーセルフワークをやったのにもかかわらず、過去生とも言っていいイアンという・・・彼の本当の名前はイアンではなかったが・・・男の人生が出てきたのかわかるか?

お前自身は感知できないが、世の中に、地縛霊、とか、浮遊霊、といったものがあることは知っているだろう。この世で辛い思いを残した人間の思念が残してしまうエネルギー、と言ってもいいし、ある階層の視点から言えば、回収されなかった魂の部分、戻るべき場所に戻らなかった、あるいは戻ることができなかった魂と言ってもいいだろう。


あのイアンという「個」はそういう状態だった。それを、お前という肉体をあの土地にやることで、お前というエネルギー的な「個」に取り込んだ。それは実際にその土地に行くことなしには困難だったし・・・なによりそういうまわりくどい手段を使ってまで彼を回収することが必要だった。


なぜなら、彼はお前や俺が属するソウルグループにとって『滞り』のようになってしまっている部分であって、いつかは回収して癒すべき魂だったからだ。お前が生まれるときの計画としてその役割を引き受けてきた。そういうことだ。」


これまで過去生探索を色々やった過程で出てきたものの多くは調べてみると実際に住んでいたり訪れたことのある土地に関わるものが多かったから、「その土地に実際に行く」ということと霊的な履歴にはなにか関係があるんだろう、くらいには思っていたが、その具体的な仕組みについて守護霊から明言されたのは初めてだった。なんで今頃?とふと思うと。

「霊的な世界を理解しはじめたばかりの、あまり早い時期に地縛霊だの浮遊霊だのと言葉にしてしまえばお前は怖がったり意識しすぎたりして、必要な場所を示しても行かなくなるだろう?だからそういう言葉で説明するのはあえて避けてきたし・・・大事なものはあえてなにもわかってない子供の頃や霊的なことにまったく関心がなかった時期に、自然な形でそのプロセスを済ませて来た。説明は、なんで今頃?と思うくらいでちょうどいい。」と。

まあ、たしかにそうだ。人の性格を完全に把握してる守護霊ならでは^^;。
★      ★      ★
イアンが暮らした土地はだいたいこの辺りだろう、というのもこの本の記述や資料から大雑把な検討がついた。ちゃんと地図で現在のどこなのかを見てごらん。カイルにそう言われて試みる。

一族の多くが、母が殺され自分が捕まったのはおそらくビブラクテの戦い。今のオータン南16マイル、とある。そばにある大きな都市リヨンやその周辺は子供の頃週末に散々訪れていたジュネーブからすぐのところだ。日本の都市圏の距離感覚と違い、都市以外は田舎ばかりの欧州では100km、200kmのドライブはあっという間だ。調べるとここリヨンがガリアの首都と言ってもよい交通と物流の要だったとある。

おそらくリヨンに運ばれる道すじ、今のE15のどこかで売られ。その後雇われて数年住んでいた家のがどこなのかも、属していた軍の営地がどこにあったのかはわからないが。イアンが反乱を起こして合流をめざしたガリア軍の本拠地はゲルゴヴィア。今のクレルモン・フェラン、とある。

クレルモン・フェラン、と画像検索して出てきたある写真に大笑い。春に行って記事にした大室山、そしてじぇいど♪の生まれた熊本のシンボル阿蘇の米塚にそっくりじゃないかwww
ピュイ=ド=ドーム山、これがクレルモンフェランのシンボルらしい。Volvicが採れる場所。宣伝にも出てくるとある・・・Volvic? あれ?その昔大昔宣伝のバイトで関わって土産に毎日困るほど貰ったよなあwwww
カイルは横でくすくす笑い。やられた(*´Д`)・・・。



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9 件のコメント:

  1. みかです。
    魂の回収、ですか。
    お盆の時期にそんな記事を読ませていただくことになるなんて。
    そしてまた、終戦記念日の頃に、こんな記事を読ませていただくことになるなんて、ね。

    終戦記念日の頃、ということで、今、日本が直面している、近隣のいろんな国との関係とかも、いろいろと考えてしまいました。
    たとえば、日本は、第二次大戦当時、物質的になけなしの状態で戦いをしていたから、戦地によっては、本国からの後方支援はなしで、食料その他も現地調達を強いられていたりしたみたいで。
    ということは、行く先々で、略奪や女子供を蹂躙したりせざるを得ないことになるわけですよね。

    私、南京にいたドイツ人が当時克明につけていた日記を訳した本を読んだことがあるんですけど、それに書かれていた限りでは、なかなかきつかったです、当時の日本軍の下劣な暴徒ぶり。
    このドイツ人は、南京の租界に住んでいた人で、自分は商人だったんですけど(それで中国人にだまされたことも多々あったみたいですけど)、それでも、南京に住んでいた他の良識ある欧州人たちと協力しあって、兵士でもない一般の中国人を殺されないように保護しなければ、せめて旧市街の城壁内に逃げ込んだ人たちにだけは手を出さないように日本軍の上層部と話をしなければ、というので、東奔西走したのですよね。だけど、日本軍の上層部はあえてのらりくらりと話をかわしたり、うその約束をしたりして、実際には部下たちの暴走を許していた(奨励していた?)みたいです。長い苦戦の後の部下たちのガス抜きのためだったんでしょうかね。
    まあ、後になってみれば、それがどれくらいの規模のことだったのかは、わかりませんよ。わかりませんけれども。

    日本軍じゃなくても、戦争って、そんなふうになるわけなんでしょうけどね。
    で、お互い、そこで傷ついた魂の回収をどうやるかってことは、まだまだ、未解決なわけですよね。
    (そこで政治的交渉の問題にすりかえると話がまたどんどんずれて来ちゃうんだろうなと思うのですけれども。)

    そして、近隣の国との間だけじゃなくたって。
    欧州には、南方方面で日本軍の捕虜として虐待された(とその方たちは認識している)恨みを持つ年配の人たちが、相当数おられるみたいですし。(英国とかオランダとかにね。)

    もちろん、日本人自身も、あの戦争では、すごく傷ついたわけですよね。
    戦時中や引き揚げ時に直接的なかたちで傷ついた人たちもたくさんいたでしょうけれども、戦後の価値観の混乱の中で傷ついた人も、すごく多かったと思います。
    だけども、うちの母なんか、戦時中の国民学校での教育の洗脳がきつすぎて、戦後を経ても、未だに解けないのですよ、その時の考え方がね。
    たとえば、私や弟たちが幼かった頃は、よく、「今の日本はだらしない、戦争中はこんなだらしないことはなかった」と言ってましたね。「あの頃は良かった」と。
    授業参観に来ても、「○○ちゃんのクラスがいちばん整然としていて良かった」とか言ってたし。(整然として統率が取れているのがいい教育だという信念。)
    あと、「日本人はお便所でしゃがむから足腰が強くてマラソンに強いんだよ」とか、よくわからない「日本礼賛」発言が多い人でした。
    それから、三国同盟を良しとしていた教育を受けていたがゆえにナチス礼賛発言もありましたね。ナチスの優生学的な政策(優秀なアーリア人どうしに子供を作らせるというやつ)を賞賛したりしてましたから。
    そして、実はそういう教育をされた結果、自分が深いところで傷ついている、ということに、今もあんまり自分で気づいていない人です。
    その分、まわりにいろんなものを投影してくるので、困るのですが。

    でね、私、日本と近隣の国々との不和を見るにつけて、すごく苦しくて、いたたまれない。
    引き裂かれる感じ、というのでしょうか。
    これは、もしかしたら、多くの人が国どうしの不和を見るとそう感じるというだけのことを私も感じているだけなのかもしれないし、日本と近隣の国との間のことにかかわらず、たとえばイスラエルとパレスチナのことを考えたって、苦しいわけだし、別に魂の断片のこととは関係ないかもしれないのですが。
    (もちろん、大きいくくりで見れば、この世のすべての国のすべての存在が自分の断片なのでしょうけれども。)

    それから、恐怖ということでいえば、私の前世イメージの一つは、どこかの古代世界で(もしかしたら中南米)、ある建物を建てる際の人柱の一人になるために選ばれて一度は観念するものの、納得しきれず、直前に逃げだそうとして捕まり、権力者の怒りを買って、山道をひきずられていき、道ばたのガケから落とされる(そして死ぬ)、というもので、そのガケから落とされる時の恐怖が、いまだにどこかにあるみたいに感じているんですね。
    (ヒプノ中に浮かんだこの前世イメージが、ただの思い込みでなければ。)

    その後、今生でも、「殺される!」というような脂汗をかくような恐怖や、そういった恐怖を味わわされる理不尽さへの怒りと恨みは、何度も味わうことになるのですが、そういうことを体験するはめになる根源は、その人柱未遂事件の時にあったのかもしれないな、と。つまり、その時の魂をまだ回収できていないのかもしれません。
    そのあたりを解決するには、そもそも、なんで人柱が必要になったのか、なんで自分が人柱に選ばれることになったのか、というような背景事情も、よく見てみるようにしたほうがいいかもしれないですね。
    全体の状況がわかれば、また理解が進むのかもしれません。

    以上、お盆休み最後の週末に、じぇいどさんがお書きになったことを読んであれやこれやと頭に浮かんだよしなしごとでした。

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    1. 初めまして。前のブログから楽しませていただいてます、たまきと申します~。
      じぇいど♪家の皆様のやりとりに、ほっこりさせていただいてます~(^^)v

      初めましてのくせに、横レス失礼します。
      ちょっと気になったもので…。

      中南米の古代文明、人柱…この間観た、メル・ギブソン監督のアポカリプトという映画を思い出しました。
      マヤ文明の衰退を描いた作品ですが、山道を引きずられ崖から落とされる、という部分がダブるんです。
      けっこう暴力表現がありますが、大丈夫でしたらご覧になってはいかがでしょうか?

      私は過去世関係なのか、映画を観てたら、あれ?これ吸血鬼ものやーん?とか、ルーマニアを妙にオススメされちゃってます~(^^;
      いや~、あんまり思い出したくないような…と思う今日この頃ですw

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    2. みかです。
      私も横レスで‥‥失礼します‥‥。
      たまきさん、はじめまして。
      そして、私の前世にもしかしたら関連があるかもしれない映画のご紹介、ありがとうございます!
      そんな映画が、あっただなんて!
      これは、見てみなくちゃなりませんね。

      実はですね、私、この人柱の過去世(?)イメージを見た時に、人々が白いトーガみたいなワンピースみたいな服を着ていたことや、足下がサンダルだったことから、最初、「古代ローマ?」と思ったんですね。
      でも、山道の土が、赤土だったんですよ。
      それで、「古代ローマの領土に、こんなに土が赤いところがあったかな〜」と思ってね、それで、「もしかしたら、中南米のほうかもしれない」と思い直したんです。

      だけど、建物は白っぽくて、列柱があったみたいな感じなんですね。
      その柱の一本ずつの基礎部分に、若い女性を埋める、ということだったみたいで。
      だとすると、中南米なのかどうかも、わからないんです。
      中南米に、列柱を持つ建物って、ありましたっけ?

      で、今思ったのですけど、古代ローマの領土の中でも、たとえば、北アフリカ方面だったら、土が赤い、ということはあり得るのかな?と。
      そんなあやふやな状態なので、本当に中南米だったのかどうかは、確かではないんですよ。

      でも、とにかく、この「アポカリプト」という映画、見てみたいです。
      (メル・ギブソンって、たしか、キリストの映画も撮ってましたよね。内容はかなり彼の独自の解釈に基づいているみたいですが。)

      ただ、私、今、ほぼ24時間介護が必要な年上の夫の面倒を見ておりますので、映画を見るのはちょっとムリなんですね。
      ですので、まずは、この「アポカリプト」という映画についての情報を、ネット上で探して、読んだり見たりしてみよう、と思います。
      何か思い出すかも?

      ところで、たまきさんは、ルーマニア方面にご縁があるのですか?
      あそこも、いろいろ濃そうなところですよね。
      ヴラド・ツェペシでしたっけ?ドラキュラのモデルになった方は。
      あと、エリーザベト・なんとかという名(だったかな)の支配階級の女性が、アンチ・エイジングのために、領土内の村の若い処女狩りをして、その血で湯浴みしていた、とかなんとかいう話?映画?は読んだり見たりしたことがあったような。

      そういうことって、部分的であれ事実が混じっていたのかどうかはわかりませんけど、そういう伝説に潜む恐怖心とか支配階級への不信感とかの裏には、きっと、実際にいろんなことがあったんでしょうね。

      では、さっそく、「アポカリプト」について、調べ始めてみます!
      ありがとうございました。

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    3. たまきです~。
      白いトーガ、となると、南米方面は違うかもな~(あっちはあんまり服着てないイメージが…(失礼なイメージですいません)暑いしw)
      …と思っていたら、ふと思いついたんというか…ひょっとしたらアトランティスとかでは?なーんて気がしました~。
      ふと閃いちゃったのでコメント残させていただきます~。ころころ意見を変えるようですみません!
      では失礼します~(^^)

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    4. みかです。
      じぇいどさん、またまたヨコで失礼します。
      たまきさん、お返事遅れました。
      いやいや、中南米でも、服を着てますよ〜。
      いけにえにされた状態でミイラ化されて見つかったファニータという女の子なんか、いっぱい布製の服を重ね着させられていたし。
      それはともかく、アトランティスですか。
      それは、想像もしていませんでしたね。
      ちょっと、ぼちぼち、調べてみますね。
      ところで、ルーマニア、今になって思い出したのですけど、「ローマ人の国」って意味ですよね。
      だから、ラテン要素が入っているのですよね、近隣国とは違って。
      ……どうでもいいことかもしれないけれど、ふと、思い出したので、書いてみました。
      ではでは、こちらこそ、失礼します。

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  2. みかさん

    お返事だいぶおそくなってすみません。
    ガッツリなコメントありがとうございました。
    ほんとに時期的に一般的にいう戦争、そして同時に日本の現在おかれている状況、いろんなことを考えさせられた体験でした。
    そうですか、当時のことを第三者的立場で記録した人がいたのですね。普通に考えてもどの国のどの軍でもあったことで世界中に被害者・加害者両方として心に傷を抱えているままの人がいるのでしょうし、魂としての傷をどうすれば、ということまで考えると膨大な作業なんだろうかと思います。
    洗脳、まさにそうだったんでしょう。今の朝ドラでも戦争に向かう頃の子供たちの様子をやっていましたが、私の父も政治的にはとてもリベラルな人でしたが小学生のときなりたいものはりっぱな軍人さんだったそうです。回り中そう思うのが当たり前だったから。そして戦後民主主義の世になって価値観がひっくり返った後になっても、小さい頃に刷り込まれたことというのはどうしてもなんらかの形で考え方の基本などにその影響が残ってしまうものなのでしょう。自分の親だけにその影響の構造が見えてしまうとなんとも言えない気持ちになりますね。わかります。
    そして誰しも戦争は望んでないし不和にいたたまれなくなる気持ちは同じだと思うのですよ。みかさんだけではないと思います。なのに戦争はなくならないわけで。
    過去生のお話、よく聞くパターンですね。今うちが住んでる近くの土地の地名にもその昔生贄の習慣があったことが残っています。腰越(こしごえ)というのが鎌倉にあるのですが、本来の意味は、子死越え、だったんだそうです。どの文化にも生贄の習慣はあったようですが本当に痛ましい過去ですね。アポカリプト、見たことありますがかなりヘビーな映画です。介護の息抜きになるような映画ではないと思いますしまして生贄になった過去生を自覚してる方には「要注意」な映画かと思いますが、歴史的な背景を少しずつ理解することでちょうど良い視点、立ち位置を見つけられるとよいですね。

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  3. たまきさん
    いつもお読みいただきましてありがとうございます。
    ルーマニア、ですか。ヨーロッパ的な国になる前はむしろ中央アジア的だったり、ものすごく古い時代からの歴史があるらしい、くらいしかしらなくて、国そのものはあまりなじみがないままの地域ですねえ。ルーマニアからの移民は各地で何人も知り合ったことがありましたが。そういやばんぶるの体操の先生もルーマニアの人でしたねー。

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    1. たまきです~。
      コメントしつこくしてすいません(^^;)
      ですが先日びっくりしたことがあったのでつい。
      10年程前に母が買って、母の物なのに、やけにいつも私の目につく所に設置してあるチェストがルーマニア製だと母に聞きまして…(^^;)
      まさかこんなところにも!?とビビりましたw
      母よ、一体どこでルーマニア製のチェストなんか買ったの?と不思議です…。
      ちなみに私もルーマニアについて全然知りません~。最近wikiで調べたくらいです(^^;)

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    2. うおおお、それはすごい!
      10年前に買ったのに今頃気づくってのも
      意味深ですね( *´艸`)

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