2014年12月23日火曜日

キューバのマリア

くキューバという国の名前を初めて知ったのは1970年くらい、欧州のある国際都市に住んでいた小学校低学年の頃だったと思う。クラスで仲良しのマリアという子がキューバ人だった。キューバを地図で調べてずいぶん遠い所から来たのだなと思っていた覚えはあるが(自分もだがねw)、それ以上のことはなにもわかっていなかった。

時期的なことから考えるとおそらく親が亡命キューバ人だったわけで、革命の頃だとしたらマリアは欧州産まれだったはず。ニュースでキューバ、と耳にして、キューバという国との唯一の個人的な接点だった彼女のことを思い出した。
目力の強い活発な子で、休み時間や放課後が楽しかったのは彼女のおかげが大きかった。なのに、大人たちの会話を聞いてしまったのを覚えている。「あの子とは遊ばせないほうがいい。」
親には結局何も言われず遊び仲間のままだったが、あれは単に本人の資質故だったのか、或いは他の意味もあったのか。

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キューバ、でもう一つ思い出したのは、これだ。

ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ。ギタリストのRy Cooderのアルバムで、ヴェンダース監督で1999年に映画になった。Ry Cooderがキューバに渡り、革命前に活躍していたはずの存命する往年の老ミュージシャンたちを探し出してセッションするという様子を撮った、それだけの映画なんだけれども。・・・いや、音楽も、垣間見える彼らの日常の光景も、めちゃめちゃ味わい深いんだがね(*´ω`)。

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◆キューバと国交正常化交渉、米大統領が開始発表 | Reuters http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0JV20220141217

まあ、そういうわけで、すでにちょっと前の話だがね、キューバと米国が国交正常化に向けて交渉を開始するという発表が先週の18日にあったのだけれども。なんだかちっともテレビでも話題になってないなあ・・・・って週末のニュースまとめ番組でも感じたのだが。歴史的にとても意義深いことのはずなのに、キューバがどんな所なのかなんて咄嗟には自分だってこのくらいしか思い浮かばなかった。まあ、殆どの日本人にとってはあんまり興味わかない話題なんだろう。

キューバは貧しい国だと言っていいのだろう。だとすれば国交正常化で今後のキューバの生活は物質的には今よりマシになるのだろうし、キューバ国民がお祝いムードで喜んでいる様子をテレビで見て、よかったね、とは思う。

しかし。しかしだ。どうもなんだか、モヤモヤしてしまったのだ。

そういえば同じ18日、偶然見たドラマにもキューバが登場。主人公の天才外科医は15年前のキューバの戦場で修行した云々、と。ドラマの制作陣が米大統領の発表予定を知るはずもなく。面白いシンクロになったものだ。

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キューバについて書かれたものをネットで探してみると、現地の生活の様子がわかるような日本語ブログが結構見つかる。例えばこんなの。
http://arayama.hans-huber.com/2013/04/blog-post.html
http://morizo.asia/?p=4636
キューバもラテン系の国にありがちなちっとも勤勉じゃないゆるーい国らしく。まあとにかく物はない。でも笑顔と音楽があふれててみんな幸せそうだ、と。そうそう。そうなんだよ。映画から感じてたのはまさにソレだった。

福祉政策はどうなのか。ちょっと検索したらこの2つが見つかった。
http://www.chikyumura.org/environmental/report/2013/01/01125346.html
http://www.jimmin.com/doc/1153.htm
簡単に言うと、教育水準も高く、なんと大学まで無料。医療も無料。老人福祉も無料。最低限の食料は格安。エボラ出血熱対策の各国の医師団派遣で最大人数を出したのは、キューバ。

先日の選挙を経てますます現在の日本の政治へのがっかり感から抜け出てない身としては、なんたる政策の違い、弱者を思いやる心の豊かな国なのはどちらなのだろう、と溜息が深くなってしまう。
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http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-11-15/2012111508_01_1.html
歴史のifなんて役にも立たないのは承知だけれども。この記事が赤旗の記事ってことを割り引いて考えても、もし強固な経済封鎖やソ連崩壊による経済困窮さえなかったらキューバはもしかしてもっと生活水準が高い稀有な社会主義の成功例になり得たんじゃないのか?と思いたくもなる。ソ連の基地としての価値だけでなく、だからこそ米国はなんとしてもキューバを抑圧し続けなければならなかったのかもしれない。

一歩間違えたら核戦争、だったキューバ危機の前後のCIAの暗躍とケネディとの対立、なんて話も大学の授業で読まされた覚えがあるけれど。その後、湾岸戦争や911など米国主導の多くの戦争のからくり、開戦までの経緯というものを見聞きした後の視点から見ると、アレも結局同じ類の「戦争未遂」だったのだな、と今は思える。

チェ・ゲバラとカストロ兄弟が活躍したという50年代の革命の時代のことはなんとなくは知っていたが、どうしたって親米的に脚色されたニュアンスの報道で見ることが多かったからあまりピンと来ていなかった。

ゲバラ・カストロ側に立った資料をあらためて読むと・・・たしかに革命の頃の若かった彼らは「カッコいい」。貧しい虐げられた人たちを救いたい、貧富の差をひっくり返したい、という正義感と気概と行動力にあふれている。

両者とも好戦的・粗暴な点はあったとも言われるし、そもそも革命の方法が軍事、つまり暴力だったという点ではやはり賛同・賛美はしかねるが。そしてバランスが取れたリーダーだったカストロはともかく、あまりに強硬派・好戦派・革命拡大路線すぎたゲバラはああいう最期になったのも無理はない、と思うのだが。

それでも、今の日本の政治の世界に足りないのはこういうカリスマ性を備えてなお私利私欲には囚われない(・・・そりゃ真偽のほどは不明だけどね)、権力を握ってもなお民衆の側に立つ強いリーダーなんだろう、と思わせる。どろどろしたエゴも、自己顕示欲も権力闘争も本当はあったのかもしれないが、ピュアに精製された残された伝説から想起される当時の彼らは「愛」を感じさせる。

『もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば出来もしないことを考えているといわれるならば何千回でも答えよう「その通りだ」と。』
『バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。人間への愛、正義への愛、真実への愛。愛の無い真の革命家を想像することは、不可能だ。』
ゲバラ名言集より

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今後彼の地はどうなって行くのだろう。

ラウル・カストロは国民に社会主義体制の温存を強調した発表をしたらしい。まあとりあえずは社会主義体制を続行させるということなのだろう。がしかし彼も83歳。兄のフィデルはマスコミから姿を消して久しい。

そりゃホントはこのタイミングでなぜこんな発表をしたのかってのは、経済的にカオス状態になってキューバどこじゃなくなってる隙に行ったロシアへのけん制、だとか、反米路線の南米諸国への楔、だったりと友愛もクソもないような理由なのかもしれず、互いの違いを認め合っての融和、なんてのは表面上の美辞麗句で幻想なのかもしれない。

また、日本にとっては米国大統領が共産主義寄りなのは決して安心できる材料ではないとのあまり気持ちのよくない分析も耳にした。同時にカストロ兄弟の決断にも敬服する。彼ら革命の第一世代がいなくなろうとしている今、次世代のリーダーが真に国民の幸福を優先する保証はなく、他の共産主義の国々の轍を踏むことになる可能性は大きい。そして国民というのは世の東西を問わず、理念がどうあれ物資と生活の充実を求めているだけで。ならば確かに国を開くのは、今だ。

が。

数日あれこれ目にして考えて、自分の感じたモヤモヤが、やっとわかったような気がする。

経済格差が深刻になって行く国ばかりになっていく世界の中で、ガラパゴス状態で残っていた稀有な楽園だったかもしれない場所が消えゆくのか、という想像は、事情を知らない者故の勝手なロマンだろうか。

共産主義、というものがそもそもの理想から完全に外れた結果になっている姿ばかりを目の当たりに、冷戦の時代、ソ連崩壊の時代に育ち、「アカ」は悪いこと、忌むべきもの、と教えられながら。

幸せを皆で分かち合う、というのはなぜそんなにも難しいことなのだろうか。

ずっとそう疑問に思ってきた。

だからますますどうにも、あの映画の中の素朴さに溢れた音楽に彩られたキューバが消え去るのが残念でならない、なぜならそれは共産主義、いや、貧しいものを救い、皆で幸せを平等に分かち合いたい、という純粋な気持ちからどうにか作り出された社会システムの完全敗北の象徴的瞬間に思えたから。

そういうモヤモヤだったのだ。

完全な部外者、しかも資本主義の恩恵の中で何不自由なく生きている人間の勝手な言いぐさ、なのは承知だけれども。


マリアはどこでどうしているだろうか。
この出来事、喜んでいるだろうか。憂いているだろうか。



今日もぽっちり、ありがとう( ^^) _旦~~ 

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7 件のコメント:

  1. 興味深く読ませていただきました。わたしの母の国も、元共産圏、ポーランドです。生まれも育ちも日本なので、共産時代のポーランドはわずか記憶しかありませんが、その後ポーランドが民主化し、EUに入り、というもろもろの流れを目の当たりにしていくなかで、ポーランドが失っていくものも実感して寂しく感じています。
    国内でも、豊かさを享受する人々と、共産時代の良さを回顧する人々と、両方は対立してしまってるように思います。
    これも西側に育ったゆえの意見かとは思いますが、共産時代にだって本当にいいものがあったのですよね。うまくまとめられませんが、キューバが素敵な部分はそのままに開けていけたらいいなと思います。

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    1. ポーランドとのハーフの方ですか♪ 我が家も親戚にハンガリー人がお母さんの家族がいますし、私自身東西の壁崩壊の時期のドイツとフランスにおりましたので、東の国々は直接は知りませんが東から学問の場を求めて来た友人が沢山いて。彼らから間接的に色々聞いたり感じ取ったり、で、資本主義的価値観に毒されていない素朴な人間らしい良さ、を感じ取っていました。わずかでも記憶お持ちなのですね。共産時代の良かった部分のエッセンスを抽出して大事に残していけるといいですね。

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  2. 私にとって、キューバは有機農法が進んでいる国というイメージです。
    本で読んだだけの知識ですが、キューバ危機が起こった後…食料を輸入に頼っていたキューバは自給自足の生活を一から始めたのだそうです。
    当時の食料自給率は今の日本と同じくらいで、そのほとんどは輸出用の砂糖だったのだそうです。
    その僅かな食料を分け合って、都心部でも農業を始めて、燃料も輸入できないから農作物を運ぶことも出来ず、何がなんでも地産地消を目指すしかないって状況だったみたいです。

    その本を読んだのは有機農法について興味があったからなのですが、もし今の日本が食料を全て輸入できなくなった場合をシミュレーションをしながら読んでいました。
    キューバの政治的なことは知らないのですが、有機農業が凄い国だなって思います。

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    1. ほおおお、そこまで有機農業に力入れてた国だったのは知りませんでした。なるほど、それはすごい。工業製品の輸入は仕方がないとしても、米国経由で大量生産の穀物や野菜は入ってきてしまうんでしょうかね。地産池消のその良さはぜひ残してほしいですね。

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  3. わあ、わたしもキューバ=有機農業、と思いました!
    といってもこのことを知ったのって、ほんの1〜2ヶ月前かな。
    CS放送かなんかのTV見ていたら、キューバの有機農業のことをやっていて。
    ぜんぜん知らなかったので釘付けでした。ネットで検索かけたら、
    それなりにヒットしますね!

    私の住んでいる地方も、中央の空洞化、が起きているので、番組見ながら
    母とふたりで、もういっそ中心部はビルとか商店とかなくして、畑にしちゃって、
    もちろん有機農業…というより私は自然栽培がいいかな、で、
    郊外にある駐車場まで車できて、町の中心部を畑とかマルシェとかにしちゃえば
    いいじゃんね!とか勝手なことをいって盛り上がってましたw

    なんかそんな新しい農業のあり方を模索させてくれるキューバという国の
    取りあげられ方でしたねえ、そのTV番組は。日本で制作された番組では
    なかったと思うので、他国でのキューバという国の位置づけ知りたいなあ
    なんて思っていた矢先の国交正常化宣言、でした。

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    1. そうですかあああ。その番組みたいですねえ。
      アメリカだったと思うんですが、元プロバスケットボール選手が稼いだ財産を投資して作ったのがそういう都心の空洞化しかねなかった地域の、有機農業ハウス、土を使わない栽培方法、などの場で。まさに中心部にそれがあって、レストランや近所の人がそこから野菜を買う、そんなプロジェクトの紹介を米国のテレビでみたことがありましたが。
      キューバの農業にも興味ありますねえ。

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  4. スピだけじゃなくって 価値観も 一緒だったので うれし~ いつかぜひ おめにかかりたいって おもっちゃいました

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