2015年6月20日土曜日

ルーツさがし その1 風浪宮のお神酒


そしてまたまた違うサプライズプレゼントの話。
たびたび色々と頂いている、福岡のレイキ&アロマセラピストのwaterさんより色々いただきまして。
ってこれ、5月の話なんですがね。あんまり色々あったんで、まとめるのに苦心して一番最後になっちゃったんですが。

左から、
forest of BANFFのお菓子 
マツコの知らない世界で話題になって半年待ちの!貴重なドレッシング♪
そして
糸島のまたいちの焼き塩
風浪宮のお神酒 
志賀島のワカメ。志賀島ってのは龍の都・海神の総本社、と言われる福岡のはじっこ。

このお神酒、waterさん、風浪宮の例大祭の福みくじで見事引き当てたのですと!
waterさん「実は、風浪宮大祭の初日にたんたんさんのクリスタル瞑想会だったんです。
で、その時のクリスタルの配置がなんと安曇族(^_^;)
あーっと思っていたら、最終日に大祭に行くことになったんです。
で、たまたま福みくじを見かけ、景品の掃除機に惹かれて…だったんですが(笑)目の前にあったお神酒を見た時、あっ!これ欲しいと思ったんです。そしたら、見事お神酒が当ったんです!嬉しいんですが、なんか違和感が…とその時じぇいど♪さんの顔がふっと浮かんで、そういうことか!!っと腑に落ちたのでした
その貴重なお神酒を送ってくださるなんて、ほんと、感激(^^)♪

宅急便が到着したタイミングも絶妙。例大祭はちょっと前のことだったんですがね?
「で、どうせならわかめもと思って今だったのですが、ドンピシャだったんですね~!(^^)!」
ってのは・・・これが到着した翌日、我が家に親族が集まってたんですよ。じゃあもうすぐある法事のお供えものにさせていただこうか!ということに。これ実はとても感慨深いめぐりあわせ。だってその法事って、その風浪宮に関わる親族の法事だからね?

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しかし、それだけじゃ済まなかった(笑)これらが届いて以来、怒涛のシンクロ祭りになりましてね・・・。もうね、あっちでもこっちでも縦横無尽に繋がってるって感じが続いていて、誰となんの話をしていたのかわからなくなるくらい。

ぱらぱらと出てくるキーワードは、神功皇后、安曇、卑弥呼、方位学、源平、将門、時宗、阿弥陀仏、太田道灌、などなど。脈絡がないっちゃー脈絡がないものが複数個所での話題として、そしてシンクロニシティとして、同時多発w。しかも、ばんぶるの宿題やら遠足やらまでからめて(笑)。

他の方々にとってはその意味するところはまたそれぞれ違うのでしょうけれど、じぇいど♪個人にとっては「先祖の土地・自分のルーツ」「今住んでいる土地について」と「普段から持っているある疑問」のためのヒントが満載。

見えない世界からの有難い配慮、と、関わる方々の真心の両方が縦糸・横糸になって織られていく、織物のようだなあ、と。

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風浪宮、通称おふろうさん。福岡県の大川市にある神社。じぇいど♪んち、その大川という地で祖父の代まで木工彫刻師だったのは以前どっかに書きましたネ。

風浪宮はこのワカメの産地、志賀島の志賀島神社と同じく、安曇族という海人族の末裔の安曇さんが宮司さん。大川は家具の街と言われているのですが、そこら中木工職人だらけなのは安曇族の船大工の名残なのですと。なるほどそういうことでしたか。

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なーんてやりとりをwaterさんとしていた日、じぇいど♪とばんぶる、湘南で舟を漕いでいたんであらまーって思ったり(笑)大川も、接する柳川も、最初知らずに地図を見たとき、なんすかこれ?って驚いたほどに掘割という水路が網の目のようにびっしり。
【ニコニコ動画】柳川堀割物語 その1
この高畑勲のドキュメンタリー見てびっくりでしたが、家の裏が直接、水路 笑!
今は観光のためだろうけれど、日常の交通網として舟が使われていたであろう土地。舟なんか漕いでみたくなるのは、血なのか(笑)。

なるほど九州の多くの地方で精霊流しが大がかりな舟なのも海人族の名残りなのか?とも思ったり。うん、なんか覚えてるのですよ、部屋の中に精巧な木の模型舟があって(木工の町だから凝ってたのかもですね)新しい木材のいい匂いがして、人が沢山いて、っていう光景を。2歳くらいだったはずですが。

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ふと、死者、海にかえる、で検索したら・・・こんな記事がトップにヒット。http://balireport.exblog.jp/20537181/ 
ぎょぎょ。なんでまたバリ島w 
ただし、輪廻する魂は山に。肉体は灰にして海に、って考えてて。彼らは海で泳がない。海は泳いで楽しむところじゃあなくて宗教儀式の場、なんですと。

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話それたね。そのおふろうさん、http://nanigamieterujpn.blogspot.jp/2011/12/blog-post_14.html ←この記事書くまで知らなかった場所なんですが。ただの近所の神社じゃなくて、思ってたよりもご縁が深そうな神社だったのね、ってことが、waterさんのおかげで少しずつわかってきました。

これはありがたいですね~。ご先祖様はどうやってその地に辿りついたのか。どういう流れで今の自分に至るのか。これ、ネットの時代になったところで、わかるとは限らないですもん。

最初のお礼メールをじぇいど♪がwaterさんに送信したときの話。
waterさん「メッセをいただいた時、志賀海神社の神職と志賀島の山歩きをするというイベントに参加するため、志賀島まで船で向かっている時だったんです。」
あらまー 笑 また船www

「神職は安曇族の末裔で女性の方なのですが、その方とお話している時に風浪宮の話題になったのですが、その内容に思わずのけ反ってしまいました(笑) いやいや、チキンスキンになりましたよ~(笑)」
こりゃほんとにびっくりΣ(・ω・ノ)ノ!。そして詳細は伏せさせていただきますが、内容を聞いて二度びっくりΣ(・ω・ノ)ノ!こういうことがあると「あっちの世界からもめっちゃ応援されてる!」って思いますね。

その風浪宮は酒見、という町にあるんですが、酒見氏というのも安曇氏とともに風浪宮を長年支えてきた家らしく。じぇいど♪の祖母がどうやらその一族出身。ずーっと遡ると、酒見←蒲池源久直(蒲池久直)←源融(源氏物語のモデルの一人と言われる人)ってつながってるんですと。へぇ(・∀・)!

源久直ってのは、壇ノ浦の戦いで平家側から源氏側に寝返って、その功績で源頼朝から筑後国三潴郡の地頭に任じられ・・・あら。また壇ノ浦。これも今回何度も出てくるキーワード。

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ついでに偶然のようにして、その祖母の嫁入り先、彫刻師だった祖父側の家のルーツの記述もネットで複数見つけました。じーちゃんのじーちゃんとその息子あたりが、郷土史にちょこっと記述されるくらいの彫刻師ではあったからネ。・・・が、こちらは諸説あって元ネタが良く分からず。室町末期の将軍足利義晴の家臣の榎津さんが京都から来て武士をやめて土着したのが大川市の榎津で、その榎津さんの家臣らしいという記述もあれば、立花さんの家臣らしき他の説も。うん、結婚までずっと、住んだこともないのに書類に本籍として書き続けてた住所は榎津ってとこだった。

まあ、何にしても、神功皇后の伝説の舞台の、安曇という海人族が多数根付いた福岡の水の町に京都から任官されてその地にやってきた人達の子孫が、おそらくその地元にいた海人族の末裔の人たちとも様々に婚姻を繰り返し、風浪宮を中心とした地域で木工に関わりながら暮らして・・・じぇいど♪の半分、に繋がったわけだ。いやいやここまでわかったのはけっこうな進展。ちょっと感動。



つづく



今日もぽっちり、ありがとう( ^^) _旦~~ 

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9 件のコメント:

  1. 何だか久しぶりに、うるっと感動する記事どうもありがとうございます☆

    「舟」繋がりと言うことで(舟しか繋がっていませんが^^)

    私も昨日(6/19)、「Chance Boats」と言う 自作のポストカードに
    小舟をたっくさん描いて、アップしました~♪
    http://ameblo.jp/always-in-heaven/entry-12040733945.html

    記事のつづき、楽しみにしてま~す☆

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    1. 人んちの先祖話なぞにうるっとしてくださってありがとうございます。
      おんぽたんぽさんは私の母方の祖母の話のときも本まで読んでくださったり。こちらこそありがとうございます、です。
      わお。舟のカード、自作なんですか!
      おっしゃれ!コピー?台詞、もすごくいい!

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    2. じぇいど♪さん、絵は自作ですが、台紙は本で読んだのを
      自分好みにアレンジしました☆ その本を読んだら、自然とあの
      沢山の舟の画像が浮かんできて。。。

      それにしても、

      この微妙なリンクの仕方が(じぇいど♪さんの記事と)
      今世でのじぇいど♪さんとのご縁と言うか、程よい距離感まで
      全て現されているような感じがして、その絶妙さに可笑しくて
      笑ってしまいました~☆

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  2. なんでだか、
    ここ数日憑りつかれたかのように

    源平合戦の「鵯越えの逆落とし」の
    「一の谷」が(須磨ではなく)
    本当はどこだったのかが気になり

    しきりに調べていた所だったので、
    なんとなくシンクロしてたんだなぁと、、。

    「源久直」の事も昨日知ったばかりでw

    自分が住んでいる街なのに、
    今まで全く興味が無かった事に
    逆にびっくりw

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    1. ありゃ。isaoさんともりっと母さんが上下でリンク♪
      そして鵯越やら一の谷はともかく・・・いやそれもタイミングとしてびっくりですけれど、源久直なんてマイナーな人を!そりゃびっくり(=゚ω゚)!
      isaoさんそのあたりにお住まいなんですねえなんだか感慨深いですねえ。こちらはそりゃー鎌倉幕府エリアのはずれだから頼朝ゆかりの場所だってあるのは当たり前なんですがそれよりも、義経伝説の後半の部分に出てくる腰越状だの首実検の場所だの海に捨てた首が遡った川だのそれが埋葬された場所だののゆかりの地だらけなので・・・うーんどうしても私は源平なら源氏側、兄弟の争いなら判官びいきになりますかね。

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  3. もりっと母21/6/15 1:10 午前

    あれま、実家、鵯越からも須磨からも、なかなか近いんよん。
    そしてつい先日、徳川家が源氏をたてまつっててどうこうってニュースをテレビでみながら、
    「神戸は平清盛のお陰で港ができて栄える基盤ができたのに、今では源氏贔屓な徳川が基礎を作った江戸住まいとは、なんだなぁ。」などと考えてたところ(笑)
    実際のところ徳川は全然源氏じゃないらしいが、源平について考えてたところでこの記事だったので、びっくりした~。

    でまた、意表をついてここでバリ島でてくるしw

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    1. そうそう意表突いたバリ島がここにまたww
      おやま、そうなのか。いつか案内しておくれよん♪
      いいんだよそれで。統合和合の時代なんだからさ(笑)そうね、神戸は清盛がつくった大輪田のとまりってやつが元だもんなあ?でも、大河の義経でさ、子供の義経に清盛が大輪田泊の夢を語ってやって、大輪田を描いた屏風にいたずら書きした義経を叱らずに云々、それがのちの神戸になった、っていうくだりは創作にしても印象的だったよね。
      なるほどそうなのか徳川は家系の詐称をやったわけだね 笑

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  4. はじめまして。ブログ楽しく読ませていただいております!

    源氏と平家、気になりますね~
    数日前、山形をまわりまして、ゆかりの場所へ

    壇ノ浦の戦いにやぶれた平家の武者が流れ着き、飛島で漁師になったとか、義経が鼠ヶ関に船で着き、そこから平泉をめざしたとか

    ちなみに平家が始めたとされる七夕祭りが岩手に

    伝承さまざまですが、調べていくうちに何となくの流れがみえるのかなと思いますし、それが自分のルーツに関係していたらおもしろいですよね

    ではまた記事を楽しみにしています

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    1. コメレス遅くなりましてすみませぬ。
      山形にまでそういうゆかりの地があるのですねー
      源平の物語を追って旅行するってのも
      全国各地に名所旧跡あるので楽しいでしょうね。
      また遊びにきてくださいませー(=゚ω゚)ノ

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