2015年6月21日日曜日

ルーツさがし その2 寅申線

で、前回の記事のように風浪宮のお神酒をwaterさんに頂いて、例大祭があって、って話を伺って、風浪宮、って検索したら・・・画像結果でえらくカラフルな八角形の方位盤からあるサイトに行き当たりまして。

あちこち方位、でしばらく方位の八角形ばっかり見てましたからね(笑)あらら?と。そしてミカエルブレイズのこのヘンな(笑)夢の八卦図だか星座盤だかと東北の方角がどうのって話はプレゼントが着いたたった二日前。じぇいど♪が地図上の八角形とにらめっこしながらあちこち方位の記事を書きかけてまさに載せようとしていた最中で、そのシンクロっぷりで笑っちゃったのも記憶に新しく。なので、おや?また八角形と方位だぁ?しかもなにこれ12星座?って注目しまして。
これ、星座じゃなくて十二支が八卦図に取り込まれてるわけですが。この方位盤があとで大きなヒントに。

そして、そのたどりついた記事によると面白いことに、志賀島神社、阿蘇神社、風浪宮はこういう位置関係にあるんだ、と。
拝殿は辰の方位を正面として建てられており、辰の方位には阿蘇神社がある。志賀海神社の参道の延長線上に風浪宮がある。寅(33度)線上に高良大社、更には英彦山権現がある。鬼門の方位である。
あら?阿蘇も関係あるの?musicaさんにも阿蘇押しになってると聞いたばかり。

確認のために各神社をあちこち方位に入れてみると、志賀海神社の参道の延長線上に風浪宮、これはGoogle Mapをめちゃめちゃ拡大すると正確に出るからそこから直線を引いてもたしかにそうなっている。現代だから簡単に成せる業だけどもこれを昔にやったのはすごいことじゃないか?そしてうーん、鬼門を守る高良大社と英彦山、33線上というものの、こっちは一直線ではない。おそらく寅という角度の範囲に入れば方位学上ではOKということなんだろうな。しかしこの寅(33度)線上、という表記の意味がわからないなー、と、この時点では思っていました。

で、そのサイトをwaterさんにシェアすると・・・なんと、これまで何度も知らずに、この志賀海神社参道と風浪宮のライン上に住まれていたし、今もそうだ、と。わお。こっちはやっぱり「偶然の必然」waterさんのサポート隊の采配の成せる業でしょう。

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じぇいど♪のご先祖さまが代々住んでいたという榎津という場所は、風浪宮の由来によると・・・

本官は神功皇后が新羅御新征よりの帰途(西暦一九二年)軍船を筑後葦原の津(大川榎津)に寄せ給うた時、皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われ、艮(東北)の方角に飛び去りました。皇后はその白鷺こそ我が勝運の道を開き給うた少童命の御化身なりとして。白鷺の止る所を尾けさせられ、其地鷺見(後の酒見)の里を聖地とし、武内大臣に命じて仮宮(年塚の宮)を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀りました。(旧暦十一月二十九日)古来より風浪の灘を守護し給うにより風浪を社号とし代々の久留米有馬藩主の崇敬厚く国司賢将始め筑後国一円の信仰をあつめ、俗に「おふろうさん」と呼び親しまれ勅命社として千八百余年の由緒をもつ著名の大社であります。

・・・とな。つまり、榎津こそが風浪宮をつくるきっかけの地、だと。

そこでふと思いついてですね・・・。番地がうろ覚えの、じぇいど♪の父方の実家だった場所の住所、つまりじぇいど♪の昔の本籍地が地図上でどこにあたるか探してみました。番地が定かじゃなかったんで、ぽっちゃんに聞いたり、親に「なにすんの?」って不思議がられながら聞いたりしてやっとわかったんですが。

その番地、入れてみたら・・・・うおぉぉぉ。おふろうさんから見て、ある角度に入るどころか、一本のラインぴったりに乗っている!しかも単に艮(東北)を逆にたどったラインではなく、「あの例の角度」と同じ!って超びっくり。遠い場所である角度に入るってんなら、遠いほどに広い範囲が該当しますからそう驚くほどじゃないんですが、近隣の町内ってくらいに近いのにびしっとライン上に乗るというだけにその精度にはびっくり。

で、「あの例の角度」とは?

しばらく前のカビ事件の記事での書いた、じぇいど♪の現在の家の鬼門と裏鬼門、とか言うてたのは、ようするに「八角形・八方位」で分けたら、の北東と南西、の範囲内だったんですが。

しかしその範囲内でもえらく特定のまっすぐなラインに、ええええΣ(・ω・ノ)ノ!ってびっくりなくらいの精度で乗っかってくる、日常で関わる、しかも大事だと思われる場所が複数あって、建物の角までぴったりラインに乗ってるんだが、これはいったいなんだ?って思ってた角度がありまして。

で、上記の、おふろうさんの方位盤に十二支が描いてあるのがヒントになって・・・さらに12だの24に方位を分けて干支を割り振った場合を調べたりと試行錯誤の末。

今の家のあれこれの場合も、おふろうさんとご先祖の家の関係の場合も、鬼門・裏鬼門と呼ばれる、艮坤を結ぶラインではなく。円を24に分けたときの寅から申に向けての一直線のラインに乗っている。


そこになにか意味はあるのか?と、寅・申・方位で検索してみると・・・
おおおお、ちゃんと「寅申線」という専門用語があるじゃん!と発見。

http://www.ffortune.net/fortune/astro/dict/aa.htm
寅申線 (いんしんせん) 寅の方位と申の方位を結ぶ線。日本の京都や奈良などの緯度では夏至の太陽が寅の方位から昇り、冬至の太陽が申の方位に沈むため、古い神社や寺の配置に使用されている。

へえええ!
つまり。じぇいど♪の結婚前の本籍、先祖代々の、おそらくその中で神社仏閣の彫刻などを作っていた家はおふろうさんの寅申線のライン上ぴったりに。そしてそのすぐ横には酒見家が寄進してできたという天神様系の神社が顕在。これは・・・やっぱし知ってて住んでいたんだろうか?采配なんだろうか?

そして現在じぇいど♪が「おすすめされて」住むことになったこの家は、あるエネルギー的に重要な場所とも、そして日常かかわるある場所とも(これだって考えたら「おすすめされた」から関わることになった場なんだよな)寅申線ってもんででぴったりつながっている、ってことだ。しかも、その東北方向には山の「絵」でいいから飾ると、発展運が・・・って、絵どころか、辿った先はちゃんと山だよ 笑

★      ★      ★

で、こんな記述も発見。

http://www.ffortune.net/fortune/astro/coordinate.htm
北東と南西を結ぶ線は艮坤線(ごんこんせん)、南東と北西を結ぶ線は巽乾線(そんけんせん)と言います。ここでは八方位の名称が使用されています。このふたつの線は子午線と卯酉線を二等分するものですから使い手があるように思えるのですが、実際には中国・日本では卯酉線から30度ずらした寅申線(いんしんせん)・辰戌線(しんじゅつせん)を伝統的に使用してきました。これは↑図に書いている太陽の方位の問題があります。

つまり日本の京都・奈良や中国の西安(昔の長安)などの緯度では、冬至の太陽は辰の方位から昇って申の方位に沈み、夏至の太陽は寅の方位から昇って戌の方位に沈みます。そこでこの方位はひじょうに重視され、古代から寺社の配置などに使用されてきました。中国・日本ではそのために十二等分の方位が普及したというのもあるのでしょう。

なるほど!!太陽の通り道なのか。
じぇいど♪んち、冬至の太陽が沈むときにですね。マヤの神殿かストーンヘンジかよ!ってぴったりの角度でほんの数分ぱあっと光が入る場所があって。そこ、じぇいど♪のベッドの上。そう。まっぱで太陽を浴びたり(笑)、特別な日の満月が天窓から眩しいほどにびしっと入るあのベッドの上。

うん。不思議がもうあんまり不思議じゃないけど、この家、素晴らしく良くできてる(笑)





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2 件のコメント:

  1. わたす辰年。父方の祖母も辰年です。

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    1. おおお、そうですか。
      それはおばあちゃまとの繋がりを感じさせてくれますね^^

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