2016年6月28日火曜日

始まりの合図 / 純粋な力~☆TOMOKO☆☆さんの絵

みなさま、6月をいかがお過ごしでしたか~。

☆TOMOKO☆☆の絵ブログ♪♪♪のともこさんから絵をいただきまして。


はじまりの合図

かすかに聞こえる鈴の音は

いつかの あなたとの 約束の印

「さあ、行きましょう!」 の合図

はじまりの時

純粋な力

あなたの中にある、純粋な力を、

何に使うのか、意識してみてほしい。

難しくしないで、素直に考えてみて。

えーとまず、ひとつめの淡い水彩のほうの「始まりの合図」。ワタクシ、まぁだどなたかと何か約束したの忘れてるんでしょうかね(笑)?鈴の音に注意、ですかね( ..)φメモメモ。

絵は・・・青いおこうそ頭巾に椿の花一輪、そこに黄色と銀のオーラ、な和装の女性にも見えますし。あるいはもっとSFチックな不思議装束な感じもしますし。淡いタッチと色なのに表情がきりっとしてるのが印象的です。

これ読んでるあーたも、忘れてませんか?大事な人とのいつかの約束。・・・とか人に投げてみるw


そしてアクリル画のほう。これぞ☆TOMOKO☆☆さんタッチ、ですねえ。何度も塗り重ねられた深い色が一見かわいらしい人物画をミステリアスに。この人物、目が宇宙、ですよねえ。そして一枚目の人物と同様に取り巻くオーラ?が銀色。

添えられた言葉、純粋な力を意識して使う、ここんとこは、素直に、うんうん、なるほど、と思えます。ここでいう「純粋な力」と呼べるかどうかはわかんないですが・・・ここ数年、意識して、使うことも、引っ込めることも、気負うことなくできるようになってきたなあ、楽になったなあ、って感じてる「力」みたいなもんは、あるよな、と。でもねえ、確かに、迷いますんですよねえ、力の「使いどころ」みたいの、って。素直、素直でいいんですね?らじゃー。

そんでね。この絵いただいたときに添えられたお手紙に、う~ん、とうなってまして。

だってね。


あと、沖田総司がヒント、って感じがしたのですが、なにかわかりますか?



だって(*_*;。

いやともこさん、そりゃ節目節目に絵をまわりの人に贈られて、それがなんか不思議に色々シンクロしてたり、合図だったり、プッシュだったり・・・って方なのはもう何年ものご縁なので、十分存じておりますけれどもね。いつもは添えられる言葉ってもっと漠然としたもので、こーいうことを・・・しかも具体的な人物名なんかを言葉で伝えてくるって、あんまりないってか、初めてなんですよ?


困惑して、なんで?って聞いてみても

沖田さんは、本当にナゾです^^;
沖田さんのことは、わたし、よく知らないのですが、じぇいど♪さんならわかるのかな?と、一応お伝えしておこうと・・・。
なんでもなかったら、ごめんなさい^^;
まあ、遊びと思って、気が向いた時にでも考えてみてもらえたら嬉しいです♪

遊び、ね・・・あそび、でいいんだよね・・・。その前提で言うけど・・・。
思い当たること・・・あるよ!なんだかわけがわからないけど、ちょっとは・・・いやむしろ、ともこさんに、これに関することなんか最近言った覚えもないから、かなりびっくりしてるよ(笑)!

ま、自分でもよくわからない件ので、今回はここまでにしておきますかね・・・。と、逃げておくw


今日もぽっちり、ありがとう( ^^) _旦~~ 

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8 件のコメント:

  1. ご紹介ありがとうございました♪
    沖田さんのこと、思い当たることあって良かったです。
    ナゾのままだと、ちょっと申し訳ないな~と思ってたので^^;

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    1. まあ、別にファンでもないのに頻出するちゅうだけでその意味するところは謎のままっちゃー謎のままなんですけどね・・・一つのキーワードが出てきて、おお、そうか!って思うまでに数年かかることザラなんで(笑)のんびり、心にとめておきマス。

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  2. みかです。
    ご無沙汰しています。
    じぇいどさん、実は、今回お書きになっていることと、まったく関係ないかとは思うのだけど、しばらく前から、『これ、じぇいどさんだったら、どうお感じになるだろう?』と気になっていることがありまして。
    それについて、ご報告させていただいたほうがいいかな、と。

    というのは、このあいだ、次のような本を読んだんですね。
    『私には女性の排卵が見えるー共感覚者の不思議な世界ー』
    岩崎純一著 幻冬舎新書

    この著者の方、生まれつき、まわりにいる女性の生殖サイクルが、色や音や臭いなどで見えてしまう、という方なんですよ。
    それで、排卵通とか生理痛も、近くにいる女性のだと、自分の体に同じように感じて具合悪くなってしまうんですって。

    それでまあ、日本古典の王朝文学の世界における男性歌人の感覚というのは、自分と同じようだったんじゃないか、というところにたどり着いたようで。
    和歌などもたしなまれる方なのです。

    それでね、でも、ピアスとかタトゥーとかしてる女性に対しては、その生殖周期が感じられないみたいで、そういう女性はお好きでないらしい。
    そして、たどりついた価値観が、どうも、ひどく保守的な感じでして。
    つまり、本来、女性の初潮は、男性の性の目覚めよりも遅く来るべきで、男性は、そんな女性の初潮が来るのを待ってあげて、そして好きな女性に子供をつくってあげるべき、という感じなのです。

    なんか、うへえ、と思ってしまったのだけども。
    でも、この男性の持っている感覚については、実際にあるものなのだから、否定するようなものではないのですよね。

    それで、じぇいどさんのように、いろいろ、また違ったレベルでいろんなものを感じることができる方から見たら、こういう方の感じ方や考え方って、どうなんだろう、と思いまして。

    それから、この方、HPを拝見すると、日本文学や歴史の研究の他に、ご自分以外にも普通の人以上にいろいろ感じ取る感覚をお持ちの方たちについて、希望者を募って共同で研究をしていらっしゃるみたいなのだけど。
    たとえば、聴覚がとても敏感な方たちは、防犯などの目的で街に設置されている高周波装置などのそばを通る時、すごく苦痛らしいのですね。
    桜田門とか霞ヶ関(だったかな)あたりの地下街は、それがために、その方たちにとっては、タブー地域らしいです。

    それはともかく。
    この方ご自身は、いわゆるスピ系ではなく、ご自分の感覚に対して、あくまであいまいさを廃した科学的なアプローチで取り組もうとして、考えを詰めてきている方なんですけど。
    ご興味あったら、一度、この方の本をお読みにいただいて、どういうふうにお感じになるか、じぇいどさんのご感想をお聞きしてみたいな、なんて思ったので、ちょっと書かせていただきました。

    ……沖田さんには、まったく関係なさそうな話で、すみません。

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    1. みかさんおひさしぶりぶりです。ってこんな忘れたころのお返事ですみません。って本編もUPしてないですが 笑 

      本までは読む暇なさそなので検索でちらっとHPの色々見てみましたが、チラ見だけでこんなこと言うの失礼なの承知ですが、濃すぎて膨大すぎてわっからん!ですし、本来女性の初潮は云々、の考え方は、私も個人的には、うへぇ、って感じですかね・・・でもやっぱこの方のもってる人と違う感覚ってのは否定すべきじゃあないと私も思います。そう感じてらっしゃるのは事実なんでしょうから。そういう感覚を、一般とは違う、って言っていいのかどうかもわかんないですし。ただ鋭敏なだけで本来はそっちが「正常」というか、フルスペック、なのかもしれないし。
      高周波装置?ネコよけのアレはちゅまも困ってますねえ。めっちゃ「痛い」らしいです。私は聞こえても不快まではいかないですが。聞こえない人はもしかしてまったく聞こえないのかな。
      ピアスとかタトゥーの人だと共感覚が起きないってのは、その方がきっと取り入れてない、スピ的視点からの単純な想像にしかすぎませんが、わあ、痛そう!嫌い!って思ってしまうと、その相手との間にブロックができてしまう(バリヤーを貼る、とか、コードをつなぐ気がしない、とか)ような作用が無意識に働いてしまうが故に、共感覚が起きない、とか?
      まだまだ普通の五感以外の感覚って科学的に認められてないわけですが、こういう方の研究によって、それ以外の感覚は、ヘンなんじゃなくて、実際に「ある」って認知されていくといいですよねえ。

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    2. じぇいどさん、みかです。
      コメント拝見するの、遅れました。
      そうなんですよね、この方のような感覚をお持ちの方こそ、本来の生物としてのフルスペックかもしれないのですよね。
      だって、動物のオスは、何も教わらなくとも、メスの発情を察知して交尾するわけですから。

      ただね、そういうふうにして男性が好きな女性を守り子孫を作っていくのが基本であり本来のヒトの生き方、っていう考えに立つと、そうでない生き方をして、人間の文化を豊かにしてきた人たちのことは、全否定しちゃうの?と思っちゃうんですね。

      だってね、宗教的な理由だったり、同性愛者だったり、被虐待体験から自分の家族の遺伝子を持つ子供を持ちたくなかったり、いろんな理由で子供を作らなかった人たちが、豊かな文化的遺産を紡いできているのが、人間界の歴史じゃありませんか。

      それに、女性のほうから発情して男性を好きになるというようなことは、あるべき範疇からはずれる、ということにされる、というのも、なんかなあ。

      でね、ピアスとかタトゥーの人だと共感覚を感じない、というのは、痛そうとかいうことでなく、普通なら、ただすれ違った人に対してさえも、たとえ当人のほうを向いていなくても、そばにいると自動的に感じるものが、まったく感じ取れない、ということらしいです。
      だから、男性から生殖リズムを感知されることに対する防御、という意味で、ピアスをする、という使い方も、できるらしいです。

      でも、まあ、それはともかく。
      そうですよね、普通の五感以外の感覚のことが、もっと認知されていくといいですよね。

      ただ、この方の場合、王朝文学とか、和歌とか、古語とかを通して、どうもねえ、古代的・国粋的な方向に気持ちが向いておられるのが、引っかかるのですが。

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    3. みかです。
      あれからずうっと、なんでこの方の考え方に引っかかるのかについて、考えていたのですが。

      たぶん、こういうことかな、と思うのです。
      それは、ピアスとかタトゥーとかする女性は、多少なりとも、良妻賢母的な文化に飲み込まれるのをおそれて、個を確立しようともがいている、ある意味反抗的な女性だと思うのですね。
      で、それが、この方のアンテナに対しては、バリアとして働いてしまうのかな、と。

      それで、良妻賢母的な、素直で無防備で従順で、無私の精神を持ち、時として共依存的になりがちなタイプの女性を、この方は、良しとしているのかな、という感じを受けたのです。

      それで、ちょっと国家神道的な美学のようなものを感じて、それに対する恐怖を、覚えたのですね。

      あと、たとえば、古語の『におう』というコトバは、嗅覚だけではなく、色や音や性的な感覚などすべてを含んで表現しているのであり、そのような共感覚的な意味を持つコトバというのは日本にしかない、ということで、日本本来の文化は世界の中でも特別だ(つまり、生物本来の感覚をあらわせるコトバを持つ、すぐれた文化だ)、というようなことをおっしゃっているのです。
      う〜ん、そうなんでしょうか。

      それで、そういう感じ方とか思想って、じぇいどさんのような、海外にもいらしたことがあり、スピ系の感覚をお持ちでもある方からご覧になると、どうなんだろう、って思ったのですね。

      ごめんなさい、『この本をよろしければ読んでいただいて、感想をお聞きしたい』みたいなことを、一方的に書いてしまって。

      なんだか、あの本を読んで、すごーく気持ち悪く不安になってしまったものですから。
      どなたかのお考えを、お聞きしてみたかったのです。

      他の人とは違う感覚を持って生まれる、ということと、世の中一般の(それもグローバルな民主主義の時代の)倫理観や精神保健についての考え方とそれをどうすり合わせるのか、ということと。

      すごく難しいことなのかな、と思いますね。

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    4. せっかく再コメいただきながら相変わらずの超遅レス、それも相変わらず本読んでないままですいません。

      匂う、現在は香りのことがメインでしょうが、語源調べたら面白かったので。《「丹 (に) 秀 (ほ) 」を活用した語で、赤色が際立つ意》ですって。丹が赤で、丹は何かってえとまた面白く→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B0%E7%A0%82
      辰砂、という鉱物だそうです。鳥居を赤くしたりの赤の顔料の原料であるし、水銀の原料、賢者の石、不老不死の薬として中国の皇帝はこれ不老不死になると思って飲んで水銀中毒になって死んじゃったとか(苦笑)。
      パワーストーンとしてはシナバー、なかなか個性的な色ですね。https://www.google.co.jp/search?espv=2&biw=1920&bih=979&tbm=isch&sa=1&q=%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%90%E3%83%BC+%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3&oq=%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%90%E3%83%BC%E3%80%80%E3%81%B1%E3%82%8F&gs_l=img.1.0.0i4i24k1.14625.25333.0.26655.51.35.13.0.0.0.155.2871.26j6.32.0....0...1c.1j4.64.img..13.34.1992...0j0i30k1j0i4k1j0i5i30k1j0i4i10i24k1j0i4i10i37i24k1j0i24k1.8yAFcQQw6Qw#imgrc=of53sZuWZWYpvM%3A

      まあそれでやっぱりみかさんのおっしゃる違和感、ってのについてもう一度考えてみると。目に見えない世界が見える、感じられる、といった場合、どうしたってその人間個人の内面がフィルターとして働いた上での話でしかないと思うのですよ。ほんとは目に見える世界について「見る」ってなにか語るときもそうなのかもですが。

      そんで、自分と意見・感覚があわない、受け入れがたいものの見方、そういうものが「チョイスの一つ」ではなくて非常に断定的な物言いで提示されたとき、受け手側は気持ち悪かったり不安を感じたりすることがあるもんだと思うのですね。
      「私はそうは思わない」「この意見は受け入れなくてよい」と、受け手側に芯のようなものががっちりできているときは、「そういうものの見方をする人もいるのね」程度で終わると思うのですが。
      なかなかこれがすんなり思いきれないのが「私にない感覚・知覚能力をこの人は持っている」(つまり霊能力・超能力とか)ときだと思うのですよ。
      まあ、だから、スピ世界的なものを読むとき、我々は、そのへんのレトリックにひっかかんないようにしないとだろうし、逆に発信側も「私個人のものの見方でしかないんだけどね」というスタンスで発信すべきなんだろうなあ、と思いますんです。はい。

      グローバルっちゅう言葉を使うとき、聞くとき、いつも悩むんですよねえ。これはどういう意味で使われている言葉なんだろう?って。普遍的、地球上どこでも同じだよ、がグローバル、であって我々はそこ、誰もが受け入れられる共通の価値観ってもんを探しておる途上なのか。あるいはそれぞれの違いを「ばらばらで、いいんだよ」と認めて相互理解と許しあいに務める姿勢がグローバル、なのか。

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    5. みかです。
      ごめんなさい。
      またしても、コメントに返信を書いてくださったのに、拝見するのが遅れてしまいました。

      おっしゃるように、目に見えないものを感知する感覚を持っている、ということと(これは否定し得ない)、そこから敷衍して何らかの思想を持つようになる、っていうことと(これは個人の思想の問題)、それを分けて考えないと、混乱させられますね。
      よくある、ある種の能力を持っているカリスマが妙な宗教的・政治的権威を持ってしまい、人々を振り回してしまう、というようなことにも、これは、関係することですよね。

      それから、グローバルっていうことばを、あまり考えず、不用意に使ってしまいましたが、不注意でしたね。
      ごめんなさい。

      要は、個の確立、とか、言語を使用しての分析的思考、という方向とは逆方向へ、論が導かれていっているような印象を受けて、それが怖かったんですね。

      なぜって、私の親は、戦争中に受けた洗脳が解けず、忠君愛国・男性中心主義・共依存的な価値観を押しつけてくる人たちで、その彼らが主張する、ある種井の中の蛙的な無根拠な国粋主義と、完璧主義的な無私の美学みたいなものの強要に、飲み込まれまいとして、自己尊厳だの、自我を確立するだの、そういうことのための戦いをしてきたのが、私のこれまでの人生だったからなのですね。(イマドキの話です、これでも。)

      戦前の政治家や思想家の書いたものを読むと、日本は西洋とは違って、個人をベースとするのでなく、あくまで全国民が心を合わせて、親である天皇のために尽くす国であり、それが、レベルの低い西洋の個人主義とは違う、日本の素晴らしいところなのだ、そこが日本のすぐれたところなのだ、というようなことを書いている人が多いわけですが、そういうのの権威に飲み込まれるのが、私は、怖いわけです。

      つまり。
      見えないものを感じ取る力を持っているからといって、それを「ひとつの個性」とするのではなく、だからその人は「人に見えていなことを感じ取れる分すぐれている」のであり、「この能力で感知したことは本質である」となり、そして、「そのような感覚で感知できる体験を共感覚的に表現できるコトバや文学を持つ日本という国は、五感をバラバラにしか表現できない西洋などよりすぐれていて素晴らしい」となってしまうと、もうね、「そういうことが他の国よりエライという階層づけをする根拠になっちゃうの?そこから国や文化や人間の上下というものが決められる根拠になっちゃうの?」という、そのことに、末恐ろしい感じがしてしまったわけです。

      やっぱりね、人はみんな違うし、魂が意図していることもそれぞれに違うし、感じていることも違うし、その違いに敬意を払わなくちゃ、世の中、不健全なことになっちゃいますよね、ってことを、あらためて、じぇいどさんのご意見を伺う中で、確認させていただきたかった、ってことなんだな、って、今は思います。

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